第17頁 ラブパニック③
万里の持ち出した秘薬によって恋の矢印が思わぬ方向へ…
はたして、正しい方向へ恋の矢は向かうことができるのでしょうか?
ラブパニック編完結です!
「まずはどうでもいいアイツからなんとかするわよ」
「どうでもいいアイツとはなんですか!」
「どうでもいいじゃない!」
「どうでもよくありません」
「喧嘩してる場合か!!」
金髪ふんわりパーマの万里と、長髪ストレートメガネの丸々、そして奏人の意外な組み合わせの三人が急いで向かったのは、異世界では勇者として活躍していた?皆野由紗の元だった。
万里の持ち出した『惚れ薬』のせいで、恋の矢印が思わぬ方向へ向きてんやわんやの状況に陥っている。
影響を受けてしまったものを元に戻すには、その人が大切に思っているものを思い出すことだった。
「ところで、アイツの大切なものって??」
学校の廊下を走りながら、奏人は丸々に訊ねた。
「これです!」
丸々の懐から取り出されたのは紙切れ・・・
「お金です!」
「はっ!?」
奏人の目が点になってしまうがあまりにも自信満々でお札をひらひらさせる丸々に黙って付いていくしかなかった。
「あんな魔族に目をキラキラさせて、頬を紅潮させる勇者様は…ちょっとかわいいですが…ふわふわして、どこかへ行ってしまいそうで…」
由紗の様子を思い出し、瞳の奥を暗くする丸々。
「何言っちゃってんのよ!あんたがちゃんと勇者を捕まえておけばいいんじゃないの!」
「・・・そうですね」
丸々は万里の力強い言葉に少しだけ眉を動かし、そして、口元を緩ませた。
「いたわよ!!」
いつもとは違う、そわそわした様子の赤髪勇者の由紗が三人の視界に入る。
丸々はスピードを上げ、その後ろ姿の由紗に追いつき、そして、抱き締めた。
「うあああああっ!」
丸々の勢いに由紗は体勢を崩し二人はその場に倒れ込む。
「掴まえた!」
「・・・お前・・・」
由紗の上に乗っかり見せたことのない笑顔を向ける丸々を由紗は見つめた。
「…っ!な…なにしてんだよ!」
由紗は丸々を押しのけ、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「勇者様!ほらっ!」
負けじと丸々はずれたメガネを直し、お札を由紗の前に差し出した。
「は??なんだ?」
その紙切れの裏で由紗は眉を吊り上げ、怒りの表情を作っている。
「な、なにって…おか…」
「そんなことより!時間だぞ!早く支度しろ!遅刻したらどうするんだ!!」
「え??え??」
わけもわからず目を丸くする丸々の耳を由紗は掴んでそのまま二人は走り去ってしまった。
「行くわよ!次は魔王様よ!」
少しだけ嬉しそうな顔をした万里は奏人の腕を引っ張る。
「え?」
「あっちはもう大丈夫よ!進展はなさそうだけどね」
全く状況が分らない奏人などお構いなしに、万里は本当の目的の場所へ足を進めた。
「そんなに遠くへは行ってないはず!」
「なんでわかるんだよ!」
「あんた本当に馬鹿よね!あの女の気持ち考えたことあるの??」
「!?」
全く意図が読めない奏人にそれ以上は言っても無駄と判断したのか、万理は口を閉じた。
「結衣ちゃん!」
「魔王様っ!!」
万里の予想通り、普通に歩いていればもっと先へ進んでいたはずの結衣と真央の姿が確認できるところまで追いつく。
「なんだ貴様ら!しつこいぞ!」
いい加減邪魔に入られるのを疎ましくなったのか、真央が冷たい眼差しで万里と奏人を睨みつけた。
「…奏人君」
その横で、結衣は困ったような、嬉しいような複雑な表情を向ける。
そんな結衣の表情を見て今までの自分の思いがすべて勘違いだったのではないかと感じた。
「結衣ちゃ・・・」
「奏人君!」
奏人の心境の変化に気付いたのか、結衣の瞳が少しだけ潤んでくる。
しかし、そんなことあるはずないと奏人の思いはいまだまとまることがなく、二人はそのまま固まってしまった。
「じれったいわね!早くしないと、薬の効果で引き離せなくなっちゃうでしょ!!」
万里が奏人の背中をたたき前に押し出す。
「…残念だが…それはできん…」
万里の叫びに反応するように、真央が結衣の腕を引き自分の元へ抱き寄せた。
「今日だけ、魔王となろう…」
そう小さく呟くと、その手を奏人へ向けた。
「え?」
真央の言葉を聴いた結衣は真央の顔を見つめるが、その表情に変化は見られない。
「邪魔をする者は消えてもらう!」
真央の掌から青白い炎の塊が浮かびあがった。
「真央!なにすっ!!」
今まで自分に対して向けられたことのない、恐ろしい力を目の前にして奏人の足がすくむ。
「メガネ!支援するわよ!」
奏人の横にやる気満々の万里が立つ。
その腕には微かに真央と同じように、この世界では見ることのない力を感じた。
「マジなのか…」
真央と万理の不思議な力がぶつかったら大変なことになる。
なぜ、こんなことになっているのか、もう奏人にはわからなくなっていた。
ふと、真央の腕の中にいる結衣に目が行く。
「・・・奏人君」
結衣の瞳はこれから起こってしまう最悪な事態に怯えていた。
その瞬間奏人は拳を握りしめ、自分の感情が赴くまま真央に向かって走っていた。
真央の力を知らないわけではない。
一瞬にして辺り一帯をめちゃくちゃにしてしまうのはわかっていた。
だが奏人は、結衣にあんな顔をさせたくはなかった。
真央に力を使わせたくはなかった。
「いい加減にしてくれーーっ!!」
奏人は、真央と結衣の元に飛び込んだ。
そして、二人をしっかりと抱き締める。
「奏人!?」
「奏人君!?」
真央と結衣はただ奏人の思いがけない行動に目を丸くした。
張本人の奏人でさえも自分の行動にびっくりしているのだが、そうさせたのはこの二人の存在だった。
「2人とも大切なんだ…こんなことで失いたくない…」
震える声で、奏人は小さく呟く。
「…悪かったな…」
もう、真央からは爆発しそうなエネルギーは感じられなくなっていた。
その代りいつもの優しい笑顔で奏人を見る。
「奏人君…」
結衣もまた奏人の思いを知って、口元を緩めた。
「だがな…」
奏人の背中をポンッと軽くたたいた真央はその手から離れ、万里を睨みつける。
「アイツにはお仕置きせねばなるまい」
もう一度、その腕に小さい青白い炎を浮かばせると、目の前の万里に容赦なく投げつけた。
「きゃああああん!!」
万里に命中し、爆炎が上がる。
「えええっ!!!」
奏人と結衣は、口を開けその光景を見ることしかできなかった。
「ちょっとやりすぎなんじゃ…」
「下らんことをした罰だ、あれくらい受けてもらわねば」
呆れる奏人に、してやったり顔の真央。
「え?そう言えば、真央は薬の効果が切れたのか?」
真央は先ほどとは明らかに態度が変わっていた。
「この俺が、あんな薬に精神をのっとられるわけがない」
爆破で気を失ってしまった万里を抱えた真央が、ニヤリと笑う。
「ええ!?」
奏人と結衣はしばらく見つめ合った。
「最初からそんなもの効いてなかったのだが、どんな理由があるのかコイツを泳がせたんだ。お前たちには申し訳なかった」
どうやら、真央の方が上手だったようだ。
「だが…」
「??」
万里を背中に乗せ歩き出した真央は、奏人と結衣を交互に見ると嬉しそうに微笑む。
「良かったな。結衣」
それ以上は何も言わずスタスタと先へ歩いて行ってしまった。
残された二人は、顔を見合わせる。
奏人はどういうことなのか見当もつかない表情だったが、結衣は少しだけほほを赤くすると嬉しそうに奏人に微笑みかけた。
「奏人君、来てくれてありがとう」
「え!?い、いや・・・引き留められなくて怖い思いをさせてしまって…ごめん」
顔を赤くさせながら奏人はまっすぐな結衣の視線から目をそらす。
「ねえ、真央君と私、どちらかを選ぶとしたら…」
意地悪な質問をしてしまいそうになり、結衣は途中で口を閉じ無理に笑顔を作る。
たぶん今の奏人には、二人の為に起こした行動が精いっぱいで、これ以上は困らせてしまうだけだ。
「なんでもないっ!帰ろっ!」
結衣は奏人の手を引き、小さい頃そうしたように2人手を繋いでいつもの道を歩いて帰った。
「はっ!?ここは!?」
温かく広い居心地のいい場所で万里は目を覚ます。
「目が覚めたか…」
そこはあこがれの魔王の背中だった。
決して万里のような下等なものが居ていい場所ではない。
「ひぃっ!す、すみません今降り・・・」
万里が慌てて降りようとしたが抑えている手がしっかりとその体を掴み離さなかった。
「ま、魔王様!?」
万里は何が起こっているのか、理解できなくなる。
「今日だけだ」
どうやら、真央は万里が起こした騒動の原因について考えたのだろう。
「…魔王様…すみませんでした…」
優しくされることなど慣れていない万里は逆に申し訳なくなり、そして、あこがれではなく愛しさでその背中にそっとしがみついた。
お読みいただきありがとうございました。
無事にパニックから解放されこのままよき方向進展するといいのですが。
次回は話を進めていきます!次話更新をお待ちください。