第16頁 ラブパニック②
平和ボケしている今だから、と何かを企んだ万里。
しかし、それは失敗に終わり自らもおかしな状況になってしまう。
恋の矢印がとんでもない方向へ向いてしまったラブパニック!
正しい方向へ戻す糸口とは???
「なんか落ち着かない光景だな」
一人取り残された道信は、額に汗を浮かべながらその場に立ち尽くしていた。
元凶ははっきりしている。
ふわふわ金髪の万里が昼休みに何か企て帰ってきてからおかしくなったのだ。
だがその万里までもが目の前であり得ない行動を起こしている。
「奏人ぉ」
「んな、なんなんだよぉっ!!」
魔王一筋で奏人などには全く興味がないはずの万里は、その奏人にしがみつき耳元で甘い声を出していた。
「一体どうなってんだよ!も~くっつくなっ!」
奏人は戸惑いながら必要以上にくっついてくる万里の顔を引き離す。
「これはあれだ、真央がおかしくなって妹さんも壊れっちゃったってことか?」
道信が冷静に、でも口元は笑いを我慢しながら分析していた。
「だいたい、真央のことはいいのかよ!」
「…真央?」
その言葉を聞いたとたん、万里の表情が変わる。
様子の変化に気づいた奏人は、追い討ちをかけるように言葉を続けた。
「そうだよ、大好きな魔王様だろ!」
「大好き…な?魔王様…魔王…」
万里の瞳の奥が曇った瞬間、その顔面も真っ青になっていく。
「万里??」
あまりにも具合が悪そうな万里の顔を奏人は心配そうに覗き込んだ。
「まおうさまあああああ!!」
ガスっ!!
「うがああっ!」
万里の瞳に光がさすと、近くにあった奏人の頬に万里の拳が飛んできた。
奏人はそのまま数メートル吹き飛ぶと、頬をさすりながら万里の様子を窺う。
「あ、ごめん…」
正気に戻ったのか、奏人の怯える姿を申し訳なさそうに見下ろした。
「戻ったのか??」
「へ?え、ええまぁ…普通だけど?」
「そうか…じゃあ説明してもらおうか?」
「は?何を?普通だけど?ずっと普通でしたけど?」
とぼける万里に奏人は眉を吊り上げて、近づくと、その腕を掴んで教室の外へ連れ出した。
「アレを観ろ!」
「!!」
隣のクラスの前に万里を引きずっていた奏人はその手を放し、教室の中を指差した。
「結衣…」
「は、はい…」
「可愛過ぎる」
「うえぇっ」
「ははっ照れた顔も可愛いな、ずっと見つめていたい…」
「うぅ…」
周りの目など気にすることもなく、繰り広げられる真央の甘い言葉と優しい微笑みの攻撃に、結衣が顔を真っ赤にして今にも恥ずかしさで倒れてしまいそうになっている。
「な?あれ、万里の仕業だろ!!…ん?」
万里に現状を見せつけ腹を割ってもらおうと振り向くとそこにはもう、万里の姿はなかった。
「なんだ貴様!!」
真央の機嫌の悪い声が聴こえてくる。
「魔王様~っ」
すでに万里は真央の懐に飛び込みしがみついていた。
真央の顔が怒りで爆発しそうになっている。
「奏人くん!!」
結衣が混乱に乗じて奏人の方へ駆けてくるとその腕を掴んで走り出した。
「結衣ちゃん??」
嬉しいやら、このままでいいのやらとにかく考える思考もないまま、二人は屋上へ向かう。
屋上のドアを開け駆け込むと、息を切らせながら結衣が奏人に微笑んだ。
「もう、恥ずかしすぎて心臓が持たないよう…」
「万里の奴、一体何をしたんだ…」
「…」
「でも、きっと真央が戻るいい方法があるはずだ」
「…」
「??」
結衣が、先ほどのまでとはいかないが頬を赤らめて奏人を見ている。
「結衣…ちゃん?」
その表情に、奏人までなぜか顔が紅潮してしまった。
ふと、その手を見ると結衣に捕まれたまま、自分もしっかりと握っている。
「わあああ!っご、ごめんっ!」
慌てて手を放す奏人。
少し残念そうに結衣は口を結んだがそんなことはもちろん気づくはずもなかった。
気まずい空気が少し流れ、結衣が先に口を開く。
「真央君一体どうしちゃったんだろうね」
「…心配?」
結衣の気持ちを少し探るように、奏人は尋ねた。
「…うん」
眉を下げ、困惑の表情を浮かべる結衣を見て、奏人はその拳を握る。
「このままがいいのかもね…」
「え??」
静かに呟く奏人の言葉が信じられないかのように結衣が顔を上げた。
「だって、結衣ちゃんは…」
「奏人くん、何言ってるかわからないんだけど…」
結衣が、首をかしげながら奏人の言おうとすることを阻止する。
「結衣ちゃんは真央の事が…」
確かな事実が知りたかった。
奏人は言葉をつづけようと、結衣の顔を見る。
「結衣ちゃ…」
結衣の瞳には、困惑よりも、怒りが潜んでいた。
奏人は、さすがにもう何も言えなくなる。
先ほどまでの浮かれた雰囲気はそこにはなかった。
「ごめ…」
奏人が何とか口を開いたときだった。
バンッ!!
「ここにいたのか…探したぞ、結衣」
必死な形相で真央が背中に万里をくっつけながら姿を現した。
「魔王様!!正気に戻ってください~っ」
半泣き顔の万里の事などお構いなしに、結衣の前に真央は歩いてくる。
「お前の顔が見れない時間など俺に息をするなと言っているようだ…」
「真央くん…」
悲しげに目を伏せた真央に、結衣は申し訳なさそうに顔を下げる。
そして、その手を取った。
「行きましょう!」
思いがけない結衣のセリフにその場の全員が一瞬耳を疑う。
「は?あんた何言ってんの!!」
真央から飛び降りた万里が、結衣に食って掛かった。
「私、真央君と一緒に居る事にしたの!」
「結衣…」
真央の顔に笑みが浮かぶ。
呆然と立ち尽くしていた奏人が口を開いた。
「よ…よかったな!」
モヤモヤする気持ちを押さえながら、無理やり笑顔を作った。
結衣の表情がその瞬間曇る。
真央も、少し意外そうな顔をしたが、嬉しそうに微笑んだ。
「では、行こうか、結衣」
結衣は動くことができずにしばらく下を見つめていたが、眉をあげ奏人を睨む。
「奏人くんのばか!」
そう吐き捨てると、真央の手を掴んで屋上を出て行ってしまった。
二人を見送ると、奏人は力が抜けたようにその場にしゃがみこむ。
「結衣ちゃんが幸せになるなら…いいことじゃないか…」
結衣とつないだ手のひらを見つめ呟いた。
「よくなーーーい!!」
バチーーーーン
「いだああああっ!!」
万里の渾身の張り手をくらい、頭がちぎれそうになりながらその場に奏人は沈む。
「ほんっとうにバカなの???」
「万里・・・」
「このままだと、本当にくっついちゃうわよ!!永遠に!!」
「??」
「何とかしなさいよ!!!」
「何とか??」
一瞬万里が言葉に詰まるが、怒りでどうでもよくなったのかとうとう観念したように口を開いた。
「あんなの嘘っぱちよ!だけど、契りを交わすと永遠の二人になるのよ…」
「契り??」
きょとんと座っている奏人に万里は呆れながら、その前に立つ。
「鈍感メガネ!!これ以上接触させちゃダメってこと!!」
「わかりやすく説明しろ!」
なんとなく万里の言おうとすることを察し、立ち上がった奏人は真剣な表情で万里に詰め寄った。
「もう、これ以上は予想外の展開の上をいっちゃてるから…ここは協力するしかないようね…」
万里は諦めたようにため息をひとつ吐くと、ポケットから先ほどの小さな瓶を奏人に前に差し出す。
「これは、惚れ薬よ」
その言葉を聞いた瞬間、すべての事が繋がった。
「そう言う事だったんですね…」
二人の後ろから聞いたことのある声。
「あんたは!」
屋上の入り口で今にも消えそうな存在感を漂わせているのは、勇者の付き人でこの世界で一緒に暮らしている、丸々だった。
「説明なさい」
無表情ながらもその瞳の中には、怒りが込められている。
万里の薬の犠牲者は真央だけはでなかった。
「あんな気持ち悪い勇者様…見たくもない…」
どこか軽蔑の眼差しを向け、丸々は近づいてくる。
「わ…わかったわよ!」
ただならぬ空気を纏いながら歩み寄る丸々に、万里は両手を上げ降参した。
「『本当の気持ち』に気づくことが効果を切らせる鍵よ」
「『本当の気持ち』?」
丸々と奏人はそろって口を開く。
「この薬を口にして、発作が起こる。発作中に最初に触れた者に心が奪われてしまうの」
瓶をふりながら万里は説明を続けた。
奏人はその光景を思い出しながら万里の話を静かに聞いている。
「そして、契りを交わした二人は、永遠の関係でいられる。どんなことをしても薬の効果は解けない…だけど…」
「だけど??」
奏人が続きを促した。
丸々は何かを考えているようで何も言わない。
「その前に、薬を盛られた者がそれよりも強い思いを寄せるモノの事を思い出しさえすれば…」
先ほどの万里は、確かに真央の事を話した途端に正気に戻っていた。
「そうか、真央には結衣ちゃんよりも大事なもの!」
「勇者様には、魔王よりも大事なものを思い出させればいいんですね!」
「そういうこと!!」
解決の糸口を聞きその場の空気は一気に盛り上がる。
…のも束の間…
「「って一体何??」」
奏人と、丸々は向かい合って首をかしげた。
お読みいただきありがとうございました。
なんという事でしょうか…まだ続きます…
次回ラブパニック解決編!!
奏人たちは大切な人の大切なものを見つけることができるのでしょうか?
次話更新をお待ちください。