きゅうり
朝起きたら俺の鼻は、
きゅうりになっていた。
みずみずしい、自然な緑が美しかった。
外から河童達が目を血走らせて窓を叩いていた。
俺は、河童がまだ存在している事実に驚き、
その数の多さと、
街の中心部に近いのに集まっていることにも、
驚いた。
河童達の目は本気だった。
本気で俺の鼻を狙っていた。
俺は急いで階段を駆け下り、
冷蔵庫の十数本のきゅうりを抱え、
勢いよく外に飛び出した。
四方八方に放り投げたきゅうりに
河童達はまんまと釣られ
奪い合いが始まった。
俺は自転車に飛び乗り
河童と河童の隙間を縫い
逃げ出した。
人間があちこちで横たわっていた。
微動だにしていない。
彼らの顔には全て
鼻がなかった。
俺は全速力で自転車を漕いだ。
途中、襲いかかろうとする河童を
するりと躱し
川に沿う道を
ひたすら進んだ。
俺の顔の真ん中にある
きゅうりは
汗が玉となって
さらに美味しそうに輝いていた。
その時
後方で爆音が上がった。
後ろを振り返ると
サングラスをかけた河童達が
2人、3人、4人乗りで、
バイクに跨って追いかけて来ていた。
オープンカーに乗った河童達も
何か言い争いながら
追って来た。
俺はきゅうり畑に飛び込んだ。
河童達も追いかけて来たが、
みずみずしいきゅうり達に魅了され
よそ見したり
手を伸ばしたり
バイク同士が衝突し
車は滑り、ひっくり返った。
河童達は悪態を吐いた。
彼らを置き去りにして
俺は漕いで漕いで漕ぎまくった。
きゅうり畑のその先。
俺が目指す場所に
辿り着くために。
きゅうり畑の中を
さらに進む。
ここまで来ると
きゅうりの大きさが変わってくる。
周りのきゅうりは
長い薙刀のようなもの
地蔵くらいの太く大きいもの
千差万別の形のきゅうりが
行く道を彩っていた。
きゅうりの木漏れ日を抜け
広い空き地に出た。
この空き地を抜けると
いよいよ目指す場所だ。
空き地を進んだその時。
四方八方から口笛が鳴り
あらゆる方向から
河童の大群が現れた。
囲まれた。
河童達の手にスマホが見える。
先回りされたのだ。
俺は捕まった。
何人もの河童に押さえつけられた。
他より一回り体の大きな河童が現れた。
王冠をつけている。
河童の王は
俺の鼻に手を伸ばした。
終わりだ。
そう思った。
だが、
その時、ふと
王の顔に違和感を覚えた。
まさかと思い、
首を伸ばして
王の真っ赤な鼻に
齧りついた。
俺の口の中に
爽やかな酸味が広がった。
トマトだ。
王は白目をむいて倒れた。
俺の周りの河童達の鼻も皆、トマトだった。
トマトを取った。
次々と、気を失って倒れた。
それを見た河童達は、
俺から遠ざかった。
俺は走り出した。
河童達は恐れて、道を開けた。
捕まえようとする者もいたが、
トマトを投げつけた。
そいつは怯え、逃げていった。
息を切らし、へとへとになりながら
やっと、
俺は辿り着いた。
そこには
6000年は生きているという
皺だらけの
見上げても上が見えない程、巨大な
きゅうりがあった。
あまりにも大きな
きゅうりの下からは
水が滾々と流れ出し
それが複数に分岐し
幾つもの川の始まりを作っていた。
きゅうりの中には
6000年分の水が溜まり、
流れ、生きていた。
河童達も、気になってついて来たようだ。
初めて見る巨大なきゅうりに
食欲よりも
畏怖を感じているようだ。
俺はまずおじぎをして、
それから
きゅうりの周りを巡り始めた。
俺の真似をして
河童達も、きゅうりにおじぎをして、
何も分からず
俺の後をついてくる。
河童達の中にあった
あれ程のきゅうりへの執念、食欲は
跡形もなく消えていた。
欲が巨大なきゅうりに吸収され、
浄化されたようだった。
1時間程経った頃
まだ半分も行かない所で
俺は見つけた。
やはり
俺はきゅうりの下部、影になっている所に
きゅうりにとっては小さいが
人にとっては大きな場所に
何千何万の
人間の鼻を
見つけた。
きゅうりの一部になっていた。
河童達は、
あっけにとられた。
その中から
俺は
自分の鼻を見つけ出した。
手を合わせてから
その鼻を引き抜いた。
抜いた跡から
綺麗な水が流れた。
俺は、気を失わないように
素早く、
鼻ときゅうりを入れ替えた。
鼻から
残っている水を出し
思いっきり息を吸い込んだ。
うん。
いつもの俺の鼻だ。
目を丸くして
河童達が見ていた。
入れ替えたきゅうりを
鼻のあった所に近づけると
磁石のように引き寄せられ、
くっつき、埋もれて
巨大なきゅうりの一部になった。
これで完璧だ。
俺は、
ほっと息を付いた。
巨大なきゅうりが作る影は
涼しくて気持ち良かった。
それから
俺は
河童達に色々教えた。
『巨大なきゅうりから出る
一つ一つの川の先に
様々な始祖がいて、
その一つに
3000年生きている
巨大なトマトがあること』や、
『河童達の鼻も
そのトマトのどこかに
あるだろうということ』など。
河童達は、意識のない王を担いで
川の向こうへと
去って行った。
俺は
巨大なきゅうりに礼を言って
夕日の中
大変だった一日を思い出しながら
帰路についた。
明日
人々のために
大きなカゴを持って来よう。
あくびをしながら
そう考えた。




