勝手に後悔してください
東南海地震って、いつ来るんだろう……。ずっと構えているのだけど。
「アリッサ。お前との婚約を破棄する」
巷ではやっている劇の一幕。身分違いの恋で燃え上がった二人が邪魔をしていた令嬢に婚約破棄を叩きつける場面。
まさか、それを自分がされるとは思っていなかった。
「お前が聖女であるリリアンにさんざん悪意のある言葉を浴びせ、冷遇したのを俺が知らないと思っていたのか」
婚約者がいる男性に馴れ馴れしく触れてはいけませんと言う言葉が悪意ある言葉ならお説教も注意も諫言もすべて悪意ある言葉ではないか。
(そういえば、どこぞの国では最近子供を叱らない教育が素晴らしいという考えが広がっているとか)
それを家庭で行うのは……そういう家庭もあるだろうと思うことにするが、それを教師に強要させて、クラスでその子どもが原因で揉めていても自分の子供を叱らないでくれと言う親に辟易しているとか。
彼女はその国出身だったかしらと現実逃避のようなことを考えてしまう。実際には我が国の侯爵家で聖女がよく生まれる家系だが。
(まあ、よく生まれるだけで、かの家だけに聖女が生まれるわけではないのだけど、先代は庶民だったし)
言葉遣いはあれだったが、先代は正しく聖女と思える方だった。
それに比べて……。
「公爵令嬢でありながら聖女相手になんて無礼だ!!」
そんな風に人を指差して怒鳴ってくる婚約者。その婚約者にしがみついて怖かったと泣き真似をしている聖女。
「俺は今ここで宣言する。聖女リリアンに真実の愛を託して、彼女の勇者になると」
「グランさまっ!!」
そんな発言をしている元婚約者の殿下と聖女。
(とは言っても)
聖女と言っていいのだろうか。と言うか、聖女の役目を果たせるのだろうか。
(いくら、周期が遅れているとはいえ、彼女に命運を託すのは不安ね)
一定の周期で発生する魔王。世界を循環する魔素が高濃度で特定の場所に集まると魔王と言う存在が出現する。それがおよそ200年に一回起きているのだが、それが本来なら10年前の予定だった。が、いまだ魔王は出現していない。
10年前の聖女は素晴らしい方だった。魔王に対しての備えもしっかりしていて、覚悟を持っていたが。まさかの魔王が発生しないという事態に戸惑い、しばらく様子見をしていたが、聖女の位を欲していた権力者に追い出されるように神殿を出ていった。
その際利用される恐れがあったので神殿から逃げる聖女をこっそり支援して、安心な場所に送り届けたのは我が家だったりする。
先代聖女は今も元気で先日結婚して子供が生まれたという手紙がこっそり届いた時は喜んだものだ。
で、魔王が発生しないのなら誰がなっても一緒とばかりに一応代々聖女が生まれている家系からリリアン嬢が聖女になったのだが……。
「お言葉ですが」
「リリアンっ!!」
わたくしが言葉を紡ごうとしたらそれを遮るように会場の中心に現れる一人の青年。
「何殿下にくっついているんだっ!! 異性相手にそんな風に触れてはいけないと何度言ったら分かるんだっ!!」
ああ、リリアン嬢の兄。ソールさまだ。わたくしがリリアン嬢に注意していることもあったが、彼が注意している光景もよく見たものだ。
そのたびにリリアン嬢は、
「はっ。聖女じゃない無駄飯ぐらいのお兄さまが何を言っているのですか」
と返していた。
「聖女が生まれるのを期待されていた我が家に生まれた出来損ないは黙っていてください」
勝ち誇ったように告げているが、ソールさまがわずかに口の端を歪めて笑っているのを見て、こちらも扇で口元を隠しながら笑ってしまう。
「り、リリアンっ?」
殿下も戸惑っているだろう。先ほどまで自分に縋っていたか弱い聖女であったリリアン嬢が実の兄に向かってここまでの罵詈雑言。
なまじ、聖女は清廉潔白で慈悲深い存在だと思い込んでいるからこそ彼女の口から出てきた言葉は幻想を打ち砕くには十分な代物だ。
ソールさまは聖女が生まれる家系でありながら、妊娠中に聖女の誕生を期待されていたのに生まれたのが男だということで冷遇されていた。
それでも、道を踏み外さなかったのは先代の聖女が庇護していたからだろう。先代の聖女が死に掛けていたソールさまを助け出して、生きるために必要な物をすべて与えていた。
そんな先代を見ていたからこそ妹が聖女になった時許せないと思っていたようで、おそらく、妹であるリリアン嬢の化けの皮を剥ぐ機会をうかがっていたのだろう。
「――殿下」
そんなリリアン嬢に戸惑っている殿下に追い打ちをかけるように、
「殿下は第三王子。わたくしの家に婿入りが決まっておりましたよね」
「あっ……」
「聖女と結ばれれば公爵ではなく、自分が王になれると欲でも抱きましたか?」
「そっ、それは……」
図星だったようだ。
「ああ、確か。――聖女に選ばれれば勇者になれる。それを期待しましたか?」
魔王を倒せる勇者。だけど、その魔王が復活しない今では、それもただ名誉だけの名前だ。だけど、勇者と言う名前を得るだけで王になれると思ってもおかしくないだろう。
そう、今現在王太子も王太子にもしもの時が起きた場合の第二王位継承者がいてもそれを退けられるほどの権威だ。
だけど、公爵家の婿になったら、自分に王位は回ってくる可能性はない。
馬鹿にしている。
散々、公爵家に入るからと甘い汁を啜ってきた者が。
「――ああ。返答が遅れました。婚約破棄了承しました」
公爵家――我が家を踏み台扱いする輩に我が領地を、領民を任せられない。婚約を破棄するなり何なりとすればいい。
それに――。
「わたくしも第三王子よりも勇者の方を婿に迎えたいので」
「はっ⁉ 何をっ⁉」
「それは……」
説明をしようとしたら言葉が途切れる。
視線を思わずある方向に向ける。
先代聖女が警戒していた魔素溜を。
「なっ、何だっ⁉」
「きゃあぁぁぁぁ!!」
その魔素溜が爆発したような感覚を魔力を持つ者は全員感じ取れた。
「魔王の発生!!」
「聖女さま。早くっ。早く勇者を」
勇者を選ぶのは聖女。聖女のみ勇者の剣を勇者に渡せる。そして、勇者が魔王を倒すまで勇者が負う怪我はすべて聖女が受け持つ。
かつてそれで身体を欠損した聖女も居たとか。
「い、嫌よっ!! 何でそんなことをしないといけないのよっ!! わたくしの身体に怪我なんて……」
悲鳴のように叫ぶ聖女に、
「魔王を討伐する………冗談じゃないっ!! 周期が遅れていたんだったらもう発生しないんじゃないのかよっ!!」
などと喚く殿下。
そんな中。
「先代聖女の言ったとおりになったな……」
ソールさまの手の中に神々しい光を放つ一振りの剣。勇者の剣。
「そのようですね。――お願いします。勇者ソールさま」
跪きはっきりと勇者と告げる。
先代聖女を逃がした際に託された。
『周期がずれているからいつになるか分からないけど、ソールが勇者だから』
元は庶民だったから口調が直らなかったとよく笑っていた聖女だった。その口調のおかげで神殿の追っ手の目を掻い潜れるとも。
『あたしが、神殿を追い出されても神の認識で聖女のままだったらソールが勇者になるからその時はあたしを助けてくれたようにソールも助けてあげて』
『その場合、貴方さまが怪我を負担するのでは……』
心配になって尋ねると、
『そうかもね。でも、聖女と崇められている間美味しい食事も温かいご飯も食べれたし、今もアリッサちゃんたち公爵家が助けてくれた。――恩を返すのにちょうどいいでしょう』
あっけらかんと告げている様に彼女こそ正しく聖女だと思ったのだ。このまがい者達ではなく。
「なっ、なんで……」
「なんで役立たずが勇者なんて……」
まがい者の偽聖女と偽聖女に愛を誓った男は、ほんの少し前に自分の身体に怪我を負うのは嫌とか、魔王を討伐したくないと叫んでいたので、彼らに冷たい視線が向けられていく。
「公爵家が全面的に支援します。どうかよろしくお願いします」
先代聖女がいなくなってから秘かに支援をしていたが、これからは堂々と支援が出来る。
王家や国も支援はするだろうけど、ソールさまに対しての扱い、先代聖女に対しての行いとか諸々を見ても勇者からの印象は悪いままだろう。
先代の聖女の元にすでにポーションなど必要な物品を支援する計画はめどが立っている。ソールさまにも支援はしていく。
そんな公爵家と縁を結ぶことはかなり権力を得ることになるのにそれを手放した殿下は地位を失うだろうが、こっちは知ったことではない。
それよりも。
『アリッサちゃんがよければソールをもらってあげてくれない?』
『わたくしには婚約者がおりますが………』
『う~ん。聖女の勘? たぶん、その婚約婚姻に至らないから』
まさか、先代聖女の言うとおりになるとは思っていなかった。
そんなことを思いつつもソールさまの支援を行っていき、ソールさまは先代聖女のことを考えて無理な行いは控えて確実に魔王を討伐した。討伐後わたくしの婿になったのはまあ自然の流れと言うことで。
恩人(先代聖女)への支援やリリアン嬢に注意していたわたくしを見ていたのもあって、ずっと好きでしたと言われた時は驚いたけど。
ああ、余談だけど、リリアン嬢とあの殿下は、
「お前が唆さなければ俺は公爵になれたんだぞっ!!」
「私を王妃にしてやるって近付いたのはそっちでしょう!!」
それぞれ相手をののしりあって、真実の愛はどこ行ったんでしょうねと言う状態で二人仲よく囚人を閉じ込める塔にいるとか。
そんな輩を甘やかした方々は王太子直々にその後罰せられるのを戦々恐々しているとか。
まあ、わたくしには関係ない。
「じゃあ、行きましょうか。アリッサ」
「そうね。行きましょう。ソール」
そんな騒ぎを全く気にせずに先代聖女の元に会いに行き、遅くなった出産祝いを届けるのを新婚旅行を兼ねて行なうことを楽しみにするのだった。
先代聖女と名義上呼んでいるだけで今も現役だった。
先代聖女とソールは年の離れた姉弟感覚。




