最終話:『また、明日。――赤間小太郎の再出発』
――記憶消滅から、数週間後。
青い空、穏やかな風。
かつてネクサスの拠点があった場所は、今ではただの広大な空地となり、復興のための工事が始まっていた。
阿久津は消滅し、世界を覆っていた「記憶消滅のノイズ」は止まった。
だが、奇跡は起きなかった。
「……あ、おはよう。今日も早いんだね、赤間くん」
校庭の隅で、駒が教科書を開きながら小太郎に声をかける。その隣では、りんが楽しそうに友人と談笑していた。
二人とも、以前のような「ヒーロー」としての鋭さはない。ごく普通の、どこにでもいる高校生の顔だ。
小太郎にとっては、彼らとの数えきれないほどの戦いも、夜通し語り合った夢も、麻衣を救えなかった悔しさも、神野が遺した言葉も、すべてが「昨日のこと」のように鮮明だ。
けれど、二人にとっての小太郎は、「最近転校してきた、ちょっと熱血なクラスメイト」でしかなかった。
「……おはよう、駒。りんも」
小太郎は、努めて明るく笑う。
胸の奥がチリチリと焼けるように痛むが、彼はその「痛み」さえも、自分だけが持っている宝物のように大切に抱きしめていた。
「ねえ、赤間くん。放課後、もし良かったら駅前のカフェに行かない? 駒くんも誘って、テスト勉強しようって話してたんだ」
りんが、屈託のない笑顔で誘う。
それは、第1話で麻衣が小太郎にかけた言葉と、不思議なほど似ていた。
小太郎は、ポケットの中で、焼け焦げた麻衣のヘアピンと、今は光を失った兄の「マブイ球」に触れる。
「……ああ。行こう。行きたい」
記憶は消えてしまった。
自分たちの絆を証明するものは、もうどこにもない。
でも、と小太郎は思う。
(……また、作ればいいんだ。一つずつ、ゆっくり。今度は、誰にも奪われないくらいの、新しい思い出を)
小太郎は、二人の背中を追いかけて走り出した。
空は、あの日のようなオレンジ色ではない。
どこまでも澄み渡った、無限の可能性を秘めた青色だった。




