第15話:遺志と落日
――記憶消滅まで、あと141時間。
「……98%……99%……。よし、プロトコル完了だ!」
駒が叫び、外部ストレージへのバックアップが終了した。これで、戦っても「自分」を完全に見失うことは防げるはずだった。
だが、小太郎は転送終了のログを見て、目を見開いた。
「……駒先輩。一つだけ、データがここに入ってない」
「何だって? そんなはずは……」
「俺が止めたんだ。……佐藤と最後に交わした約束……あいつと『次はどっちが先に黒帯を取るか』って笑い合った記憶だけは、機械に預けたくなかった」
「赤間くん、何を言っている! 今は一欠片の記憶だって惜しい時だぞ!」
駒が詰め寄るが、小太郎は静かに、だが拒絶できない強さで首を振った。
「これだけは、俺の脳で持ってなきゃ意味がないんだ。……たとえ、これが最後に消える記憶になっても、俺が、俺としてアイツに勝つために」
小太郎の覚悟に、駒は言葉を失い、ただ短く「……馬鹿者が」と呟いた。
廊下ではりんが限界を迎えつつあったが、間一髪で二人が合流し、三人は阿久津の追撃を振り切って地下の「キャッスル・ラボ」へと繋がる秘密の通路を駆け抜けた。
「校長! 無事ですか! プロトコルは成功しまし――」
勢いよくラボの扉を開けた三人が見たのは、言葉を失う光景だった。
機材は破壊され、モニターにはネクサスの紋章が嘲笑うように踊っている。
そして、冷たい床の上、血を流して倒れている城ヶ崎校長の姿があった。
「校長!!」
駆け寄る小太郎。校長は弱々しく目を開け、小太郎の腕を掴んだ。その手は、驚くほど冷たい。
「……すまない、……連中の狙いは、私ではなかった……」
「何を言ってるんですか! しっかりしてください!」
「……麻衣だ。……麻衣が、連中に連れ去られた……。彼女は、ネクサスが探し求めていた……『最高の適合者』だったんだ……」
校長の指が力なく床に落ちる。
「小太郎……。麻衣を、……娘を……助けて……。あの子が、……君たちの『英雄』を終わらせる……最後の鍵に……なってしまう前に……」
その時、ラボのスピーカーから阿久津の歪んだ声が響き渡った。
『お疲れ様でした。校長先生は、もう「お役御免」です。さて……皆さんの大切な麻衣さんは、今頃ネクサス・コアで「再調整」を受けていますよ。彼女が新しい「レッド」として、君たちの前に立つ日を楽しみにしていてください』
「阿久津……ッ!!」
小太郎の咆哮が、主を失いかけた地下室に虚しく響いた。




