第9話「最後の呪文」
魔王の話は、長かった。
この世界の成り立ち。
魔王という存在の意味。
そして、魔王自身の孤独。
「……俺は、この世界の『負の感情』の集合体だ」
魔王が、静かに語る。
「民の恐怖、怒り、悲しみ。それが長い年月をかけて凝縮され、『魔王』という形を取った」
「じゃあ、最初から悪者だったわけじゃないんだ」
「ああ。俺は、この世界の『影』みたいなものだ。光があれば影ができる。希望があれば絶望がある。その絶望が、俺だ」
なるほど。
魔王は、この世界の必然として生まれた存在なんだ。
「でも、俺にも意識がある。感情がある。少なくとも、あった」
「あった?」
「今は……ほとんど残っていない」
魔王が、自分の手を見つめた。
「民の感情を吸い上げて存在している。でも、その代償として、俺自身の感情が薄れていく。お前と同じだ」
私と、同じ。
感情を削りながら、存在している。
「だから、わかるんだ。お前の苦しみが…」
「……」
「消えていく感覚。自分が自分じゃなくなっていく恐怖。いや、恐怖すら感じなくなっていく絶望…」
魔王が、私を見た。
「お前、今、何%だ」
「……47%」
「そうか。俺は、恐らく…10%を切っている」
「10%……」
「もうすぐ、俺は『俺』じゃなくなる。ただの『力の塊』になる。そうなったら、暴走する。この世界を、滅ぼしてしまうかもしれない」
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その言葉に、玉座の間が静まり返った。
「暴走……」
レオンハルトが、剣を握り直す。
「それは、いつ起こるんだ?」
「わからない。明日かもしれないし、今夜かもしれない。俺の中の『俺』が消えた瞬間、始まる…」
「止める方法は」
「一つだけある」
魔王が、私を見た。
「お前の呪文だ」
「私の……」
「お前の呪文は、俺と同じ系統の力。感情を操る力だ。お前が俺に呪文をかければ、俺の中の『負の感情』を中和できるかもしれない」
『マコ様……』
キューピクルが、震える声を出した。
「でも、それって……」
「ああ。相当な出力が必要だ。お前の残った感情、全部使うことになるかもしれない」
全部。
47%の、全部。
つまり、0%になる。
「0%になったら、どうなるの?」
「わからない。たぶん、『お前』という存在が消える。体は残るかもしれないが、心は……」
魔王が、言葉を切った。
「……空っぽになる」
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『待ってください!』
キューピクルが叫んだ。
『そんなの、ダメです! マコ様が消えるなんて、絶対にダメです!』
「キューピクル……」
『他に方法はないんですか!? 統計データでは、魔王討伐の方法は7,843パターン存在し――』
「お前のデータは古いんだろう?」
魔王が、冷静に言った。
「それに、俺を『討伐』しても意味がない。俺を殺せば、この世界の負の感情が解放される。結果は同じだ」
『そんな……』
「お前の呪文で俺を『鎮める』のが、唯一の方法だ。それ以外に、この世界を救う手段はない」
キューピクルが、黙り込んだ。
ホログラムの体が、小刻みに震えている。
『マコ様、現在の感情パラメータを報告します』
「……聞きたくない」
『聞いてください。……お伝えさせてください』
キューピクルの声が、泣いていた。
『総合:47%。これを全て使えば、魔王を鎮められます。でも、マコ様の人間味は0%になります』
「うん…」
『0%になったら、マコ様は……マコ様じゃなくなります。翔くんを好きだった気持ちも、私たちと過ごした記憶も、全部……』
「うん」
『「うん」じゃないです! もっと、怖がってください! 嫌がってください!』
「……だって、怖くないんだよ」
私は、キューピクルを見た。
「自己保存欲求、38%でしょ。怖いと思う機能が、もうほとんど動いてない」
『だからこそです! マコ様が怖がれないなら、私が代わりに怖がります! 私が代わりに嫌がります!』
キューピクルが、私の目の前に浮かんだ。
『私は、マコ様に消えてほしくありません。映画を見るって、約束したじゃないですか。翔くんと映画に行くって、約束したじゃないですか!』
「……うん」
『約束を、破らないでください。私の夢を、奪わないでください……!』
キューピクルが、泣いていた。
ホログラムなのに。
AIなのに。 感情なんか無いはずなのに…
涙が、光の粒子になって落ちていた。
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「……ねえ、魔王」
「何だ」
「本当に、他に方法はないの」
「ない。少なくとも、俺は知らない」
「じゃあ、聞き方を変える。私が呪文を使わなかったら、どうなるの?」
魔王が、少し考えた。
「俺が暴走する。この世界が滅ぶ」
「この世界だけ?」
「……お前がここに来たってことは、この世界とお前の世界は繋がっている。穴が開いたんだ」
「穴……」
「俺が暴走すれば、その穴から向こうにも影が漏れる。お前の元いた世界も、無事じゃ済まないだろうな」
元の世界。
翔くんがいる世界。
私が帰りたいと思っていた世界。
「それは……困るね」
「ああ。だから、お前に頼んでいる」
魔王が、立ち上がった。
「俺は、お前に選択を強制しない。選ぶのは、お前だ」
「選択……」
「お前の感情を全て使って、俺を鎮める。それで世界は救われる。でも、お前は消える」
「……」
「お前の感情を使わずに、俺を放置する。俺は暴走し、世界は滅ぶ。でも、お前は47%のまま生き残れるかもしれない」
どちらを選んでも、地獄だ。
「……ねえ、魔王」
「何だ」
「あなたは、どっちを選んでほしいの」
魔王が、目を見開いた。
「……俺の希望を聞くのか」
「うん。あなたの話、聞くって言ったでしょ」
魔王が、黙った。
長い沈黙。
そして、小さく呟いた。
「……俺は、消えたい」
「え」
「もう疲れたんだ。この世界の負の感情を背負い続けるのに。孤独でいることに。『魔王』でいることに」
魔王の声が、震えていた。
「でも、自分では消えられない。俺を消せるのは、お前だけだ」
「……」
「だから、本音を言えば……お前に、消してほしい。俺を、楽にしてほしい」
魔王が、私を見た。
その赤い瞳に、涙が浮かんでいた。
「でも、それはお前を犠牲にすることだ。お前が消えて、俺だけが楽になる。そんなの、許されないだろ」
「……」
「だから、選べない。どちらも選べない。お前に、押し付けることしかできない」
魔王が、うつむいた。
「……情けないな、俺は」
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私は、考えていた。
魔王を救うか、自分を守るか。
世界を救うか、自分の感情を守るか。
どちらを選んでも、何かを失う。
「マコ殿…」
レオンハルトが、静かに言った。
「どちらを選んでも、私はそなたを支持する」
「団長……」
「そなたが世界を救うと言うなら、私は共に戦う。そなたが自分を守ると言うなら、私は共に逃げる」
エレナも、頷いた。
「私も同じだ。マコ、お前が決めろ。私たちは、お前についていく」
「二人とも……」
二人の目が、まっすぐ私を見ていた。
呪文でオトしたはずの二人が、本気で私を想ってくれている。
『マコ様』
キューピクルが、私の隣に浮かんだ。
『私からも、お願いがあります』
「何」
『どちらを選んでも、後悔しないでください』
「後悔……」
『マコ様が選んだ道が、正解です。私は、そう思います』
キューピクルが、微笑んだ。
泣きながら、微笑んでいた。
『私は、マコ様の選択を信じます。だから、マコ様も、自分を信じてください』
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私は、目を閉じた。
考える。
47%の感情で、考える。
翔くんのことを思い出す。
顔は、もうほとんど見えない。
声は、とっくに消えた。
好きだった理由も、思い出せない。
でも、一つだけ残っている。
消しゴムを渡した時、指先に触れた温度。
あの一瞬だけが、まだ残っている。
「……ねえ、キューピクル」
『はい』
「私、翔くんに何も伝えられなかったんだよね」
『……はい』
「15文字の告白も、『大丈夫?』の一言も、何も言えなかった」
『……はい』
「それが、ずっと心残りだった」
目を開ける。
魔王を見る。
「あなたも、そうでしょ」
「……何?」
「あなたを救おうとしてくれた人に、何も伝えられなかった。『ありがとう』も、『助けて』も、言えなかった」
魔王が、固まった。
「それが、ずっと心残りなんでしょ」
「……」
「私たち、似てるね」
私は、一歩前に出た。
「だから、わかる。あなたが本当に欲しいのは、『消えること』じゃない」
「……何を」
「『わかってもらうこと』でしょ。誰かに、本当の自分を、見てもらうこと」
魔王の目が、揺れた。
「……お前に、何がわかる」
「わかんない。でも、わかりたいと思ってる。さっきも言ったでしょ」
私は、魔王に手を伸ばした。
「私は、呪文を使わない」
『マコ様!?』
「魔王を消さない。自分も消えない。別の方法を探す」
「別の方法なんてない、と言っただろう」
「あなたが知らないだけかもしれないじゃん」
私は、笑った。
47%の感情で、笑えた。
「私、陰キャだから。諦めるのだけは得意じゃないんだよね」
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「……お前、正気か」
「正気じゃないかも。でも、47%の感情で、これが一番マシな選択だと思った」
「マシな選択?」
「うん。だって、どっちかが消えるなんて、嫌じゃん」
私は、魔王を見た。
「あなたも消えたくないでしょ。本当は」
「……」
「さっき、『消えたい』って言った時、泣いてたよ。消えたい人は、泣かないでしょ」
魔王が、目を逸らした。
「……見てたのか」
「見てた。だって、話を聞くって言ったから」
私は、魔王の前に立った。
「私は、あなたを救いたい。でも、自分も消えたくない。だから、両方叶える方法を探す」
「そんな方法……」
「ないって決めつけないでよ。私、なろう系の主人公だよ? チート持ってるんだよ?」
『マコ様、それは統計データ的には――』
「統計なんか知らない!」
私は、キューピクルを見た。
「キューピクル、お願いがある」
『はい』
「今までのデータ、全部捨てて。なろう系のテンプレとか、統計とか、全部」
『え……?』
「その代わりに、一つだけ考えて」
『何を……ですか』
「魔王が暴走するのは、負の感情を『一人で抱えてる』からでしょ?」
キューピクルが、目を見開いた。
『……はい。魔王という存在は、この世界の負の感情を一身に背負う構造です』
「なら、一人で抱えなきゃいいんじゃない?」
『え……?』
「分けるんだよ。私と魔王で」
魔王が、驚いた顔をした。
「分ける……?」
「うん。あなたも私も、同じ系統の力を持ってる。感情を糧にする力。なら、あなたの中の負の感情、私が半分引き受ける」
『マコ様、それは……!』
「一人で100%背負うから暴走するんでしょ? 二人で50%ずつなら、耐えられるかもしれない」
魔王が、黙った。
「そんなこと、できるかわからない」
「やってみなきゃわかんないでしょ?」
『マコ様、それは前例がありません。統計データにも――』
「だから、統計は捨てろって言ったじゃん」
私は、魔王に手を差し出した。
「ねえ、魔王。一緒にやらない?」
「……何を」
「私たちの力を合わせて、あなたの中の『負の感情』を分散させる。一人じゃ耐えられないなら、二人で分ければいい」
「そんなこと、できるかわからない」
「やってみなきゃわかんないでしょ」
私は、笑った。
「私、15文字の告白ができなかった人間だよ。でも、『オストキメトキス』は叫べた。やればできるんだよ、意外と」
魔王が、黙った。
長い沈黙。
そして。
「……お前、本当に変な奴だな」
「2回目!」
「2回言わないと伝わらないと思った」
魔王が、笑った。
さっきより、少しだけ明るい笑みだった。
「いいだろう。やってみるか」
「うん」
「でも、失敗したら、二人とも消えるかもしれないぞ」
「それでもいい」
「……なぜだ」
「だって、一人で消えるより、二人で消える方がマシじゃん。道連れってやつ?」
「……お前」
「冗談だよ。半分くらいはね…」
私は、少しだけ真面目な顔になった。
「でも、本当のこと言うと……私、一人で消えるのはもう嫌なんだ」
「……」
「ずっと一人だった。告白もできなくて、『大丈夫』って嘘ついて、一人で壊れていくところだった。だから、もう一人は嫌」
私は、魔王を見た。
「あなたも、そうでしょ」
魔王が、何も言わなかった。
でも、その目が、少しだけ揺れた。
私は、魔王の手を握った。
冷たかった。
でも、確かに、そこに「誰か」がいた。
「行こう。一緒に」
魔王が、私の手を握り返した。
「……ああ」
第9話「最後の呪文」
――了――
次回「オストキメトキス」
キューピクルの異世界データベース【今日の豆知識】
「追放→ざまぁ」系作品、
実は2回に分けて流行した。
第1次ブーム:2015年頃
「勇者パーティー●追放された」系
第2次ブーム:2020年頃
「無能●言われた」「役立たず●言われた」系
どちらも「不当に評価された主人公が逆転する」構造。
本作のマコは……逆転するのか?
【補足】
マコが選んだのは「一人で犠牲になる」でも「誰かを犠牲にする」でもなく、
「一緒に分かち合う」だった。
統計データには、前例がありません。
【キューピクルの統計の信頼度】
★☆☆☆☆(今回ばかりは、当てにならない方がいい)
【今日のパラメータ】
人間味 :47%(維持)
愛情 :28%(維持)
伝達欲求 :25%(維持)
自己保存 :38%(維持)
次回予測 :二人の呪文
次回もお楽しみに……!




