第8話「魔王の正体」
魔王討伐の旅、八日目。
ついに、魔王城が見えた。
「あれが……」
黒い城だった。
空を覆うような巨大な尖塔。禍々しいオーラ。周囲には常に暗雲が立ち込めている。
……いかにも、という感じだ。
『典型的な魔王城です。統計データによると、黒い城は魔王城の78.3%を占めており――』
「今はいい」
『はい』
キューピクルがしょんぼりした。
でも、すぐに真剣な顔になった。
『マコ様、現在の感情パラメータは47%です』
「……また減った」
『はい。魔王城に近づくにつれ、減少速度が上がっています』
「なんで?」
『わかりません。魔王の影響か、あるいは……』
「あるいは?」
『マコ様自身が、終わりを予感しているのかもしれません』
終わり――。
そうか。
これが終わりなんだ。
魔王を倒せば、たぶん帰れる。
帰れなければ、ここで終わる。
どちらにしても、終わりだ。
「……そっか」
『また「そっか」ですか』
「他に何て言えばいいの」
『……わかりません』
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魔王城の手前で、最後の休息を取ることになった。
「ここで態勢を整えよう。マコ殿、体調はどうだ」
レオンハルトが心配そうに覗き込む。
「……普通です」
「顔色が悪いぞ。もっと休んだ方が――」
「大丈夫です」
「しかし――」
「団長!」
エレナが割り込んできた。
「マコが大丈夫と言っているんだ。信じてやれ」
「だが――」
「それに、私の方がマコの体調管理は得意だ。団長は作戦を練っていろ」
「何だと。私の方がマコ殿のことを――」
「い〜や、私の方が――」
また始まった。
最終決戦の前なのに、この二人は相変わらずだ。
「……ねえ、二人とも」
「「何だ」」
声が揃った。
「私のことより、魔王のこと考えた方がいいんじゃ……」
「マコ殿のことを考えることが、魔王討伐の最重要事項だ」
「そうだ。マコを守ることが、我々の使命だ」
「「異論はないな」」
また揃った。
……仲いいのか悪いのか、よくわからない。
『マコ様、レオンハルト様とエレナ様の好感度、相変わらずMAXです。むしろ上昇傾向にあります』
「この状況で上がっちゃうわけ……」
『「吊り橋効果」かもしれません。危険な状況では恋愛感情が高まるという――』
「なんか知ってる。でも聞いてない」
『そうですか……』
キューピクルがしょんぼりした。
何回目だろう。もう本当に数えてない。
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休息中、私は少し離れた場所で座っていた。
魔王城を見つめる。
あの中に、魔王がいる。
倒せば、終わる。
「……翔くん」
呟いてみる。
名前は、まだ出る。
顔は……もう、ほとんど見えない。
声は……とっくに消えた。
好きだった理由も……何も思い出せない。
残っているのは、指先の温度だけ。
消しゴムを渡した時の、あの一瞬だけ。
「……私、何のために戦うんだろ」
『マコ様?』
「翔くんのこと、もう全然思い出せないのに。何のために帰りたいんだろ」
『……』
「帰っても、翔くんのこと好きだった気持ち、もう残ってないかも。告白しても、何で好きだったのか説明できないかも」
『……マコ様』
「それでも、帰る意味あるのかな」
キューピクルが黙った。
しばらくして、小さな声で言った。
『私は、帰ってほしいです』
「……なんで」
『約束したからです。映画を見るって』
「……ああ、そっか」
『私の代わりに、翔くんと映画を見てください。それが、私の夢です』
「……うん」
『だから、帰ってください。私のために』
私のために。
AIが、私のために帰ってほしいと言っている。
感情がないはずのAIが。
「……わかった」
『本当ですか』
「うん。帰る。キューピクルのために」
『……ありがとうございます』
キューピクルが、泣きそうな顔で笑った。
ホログラムなのに。
AIなのに。
その表情は、本物に見えた。
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日が暮れた。
いよいよ、魔王城に突入する時が来た。
「行くぞ」
レオンハルトが剣を抜く。
「マコ、私の後ろに」
エレナが私を庇うように立つ。
「……うん」
城門が開いた。
中は、思ったより静かだった。
魔物の兵士はいない。
罠もない。
ただ、長い廊下が続いている。
「妙だな……」
レオンハルトが警戒しながら進む。
「歓迎されているのか、それとも……」
「罠か」
エレナが剣を構えたまま言う。
私は、二人の後ろを歩いていた。
足が重い。
体が重い。
感情パラメータが47%。
半分以下の私が、魔王城を歩いている。
『マコ様、大丈夫ですか』
「……大丈夫」
『嘘ですね?』
「うん」
『正直でいいと思います』
キューピクルが、少しだけ笑った。
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玉座の間に、たどり着いた。
巨大な扉が、ゆっくりと開く。
「……来たか」
声が聞こえた。
低い声。
でも、どこか聞き覚えがある気がする。
玉座に、誰かが座っている。
黒いローブ。
漆黒の髪。
そして――
「……っ」
私は、息を呑んだ。
魔王が、立ち上がった。
その顔が、見えた。
「……嘘!?」
整った顔立ち。
少し寂しそうな表情。
そして、赤い瞳。
……翔くんに、そっくりだった。
「魔王……?」
レオンハルトが剣を構える。
「何者だ」
「俺が魔王だ」
魔王が、淡々と答えた。
「この世界を支配する者。お前たちが倒しに来た相手だ」
「覚悟はできているようだな」
「覚悟? ああ、できているさ」
魔王が、私を見た。
その赤い瞳が、私を射抜く。
「……お前が、異世界から来た者か」
「……はい」
「そうか」
魔王が、目を細めた。
「お前から、俺と同じ気配がする」
「同じ……?」
「感情を糧にする力。削りながら使う力。……お前、何かの呪文を持っているな」
『マコ様……』
キューピクルが、緊張した声を出した。
「知ってるの。この呪文のこと」
「知っている。というより、俺自身がそうだからな」
魔王が、自分の胸に手を当てた。
「俺は、この世界の『感情』を吸い上げて存在している。民の恐怖、怒り、悲しみ。それが俺の力の源だ」
「……」
「お前の呪文も、似たようなものだろう。誰かの感情を操る代わりに、自分の感情を差し出す。等価交換だ」
なるほど。
だから、呪文を使うたびに感情が削られていたんだ。
そして、魔王城に近づくほど減少が速くなったのは――
「お前の中の呪文が、俺に反応しているんだ。同じ系統の力だからな」
魔王が、一歩近づいた。
レオンハルトとエレナが、私を庇うように立ちはだかる。
「近づくな!」
「マコに手を出すな!」
「……手を出す? 違う」
魔王が、首を横に振った。
「俺は、話がしたいだけだ」
「話?」
「ああ。……お前に」
魔王が、私をまっすぐ見た。
「お前なら、わかるんじゃないかと思ってな」
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魔王が、玉座に座り直した。
レオンハルトとエレナは警戒を解かないが、魔王は戦う気がないように見えた。
「お前、俺に似た誰かを知っているだろう」
「……」
「その目を見ればわかる。俺の顔を見て、誰かを思い出している」
否定できなかった。
翔くん。
顔も声も思い出せないはずなのに。
目の前の魔王を見ていると、翔くんの輪郭が少しだけ見える気がする。
「……あなたは、誰なの」
「俺は魔王だ。それ以上でも以下でもない」
「そうじゃなくて……なんで、あの人に似てるの」
「あの人?」
「私が……好きだった人」
魔王が、少し目を細めた。
「そうか。お前は、俺に似た誰かを好きだったのか」
「……はい」
「で、その気持ちは、今はどうなっている」
「……消えかけてます」
「そうか」
魔王が、窓の外を見た。
「俺もだ」
「え?」
「俺も、色々なものが消えかけている。感情。記憶。存在意義」
魔王が、疲れたように笑った。
「誰も俺を理解しない。俺がどれだけ苦しんでいるか、誰も知らない」
「……」
「完璧でいることに、疲れたんだ」
その言葉に、胸が痛んだ。
痛んだ、気がした。
47%の感情で、何かが反応した。
「完璧……」
「ああ。俺は魔王だ。この世界の頂点に立つ者。誰よりも強く、誰よりも恐れられ、誰よりも孤独だ」
「……」
「俺は、この世界の『完璧』だ。魔王として君臨し、世界を支配し、誰にも負けない。でも、誰も俺のことを見ていない。俺の苦しみを、誰も知らない」
「……」
「……昔、一人だけいたんだ」
魔王が、窓の外を見た。
「俺のことを理解しようとしてくれた奴が。『完璧じゃなくていい』と言ってくれた奴が」
「……」
「でも、俺は突き放した。『魔王が弱みを見せるわけにはいかない』と。あいつの言葉を、全部拒絶した」
魔王の声が、震えた。
「あいつは……消えた。俺を救おうとして、俺に拒絶されて、消えた。俺のせいで」
「……」
「それから俺は、本当に一人になった。完璧な魔王として。誰も近づけない、誰も理解しない、誰にも理解されない存在として」
魔王が、自嘲するように笑った。
「お前の好きだった奴も、たぶん同じだ。周りからは完璧に見えて、でも中身は……」
魔王が、言葉を切った。
「……空っぽ、かもな」
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私は、魔王の言葉を聞きながら考えていた。
翔くん。
完璧だった。
でも、時々見せる寂しそうな目。
あれは、何だったんだろう。
私は、声をかけたいと思っていた。
「大丈夫?」って。
「私でよければ話聞くよ」って。
でも、言えなかった。
十五文字の告白すら言えない私に、そんな資格なんてないと思っていた。
「……私、何も聞けなかった」
『マコ様……』
「翔くんの本当の気持ち、聞いたことない。聞こうとしたこともない」
「そうか」
魔王が、静かに頷いた。
「お前も、俺と同じだな」
「え?」
「孤独なんだよ、お前も。周りに人はいるのに、本当のことを言えない。『大丈夫』って言い続けて、壊れていく」
図星だった。
呪文を使いたくない、と言えなかった。
助けてほしい、と言えなかった。
私は、ずっと「大丈夫」を演じていた。
47%まで減った今でも、「普通です」って言い続けていた。
「わかるだろ。俺の気持ち」
「……」
「お前なら、わかるはずだ。完璧でいることの苦しさ。誰にも理解されない孤独。消えていく自分」
魔王が、手を差し出した。
「俺と一緒に来い」
「え」
「お前を理解できるのは、俺だけだ。俺を理解できるのも、お前だけだ。この世界で、俺たちは同じ種類の孤独を抱えている」
「マコ殿、惑わされるな!」
レオンハルトが叫ぶ。
「マコ、あいつの言葉を聞くな!」
エレナも叫ぶ。
だが、レオンハルトは剣を構えたまま、動かなかった。
「……団長?」
エレナが怪訝な顔をする。
「なぜ斬り込まない」
「……待て、エレナ」
レオンハルトが、魔王を見据えたまま言った。
「この者の目を見ろ。殺意がない。あるのは……孤独だ」
「だが――」
「私は騎士団長として、多くの者を見てきた。敵も、味方も。この者は……敵ではないかもしれん」
レオンハルトが、剣を下ろした。
「マコ殿。お前が話を聞きたいなら、聞け。私たちは、お前を信じる」
でも、魔王の言葉が、頭から離れない。
同じ種類の孤独。
完璧でいることの苦しさ。
消えていく自分。
全部、私のことだ。
私は、魔王の手を見つめた。
翔くんに似た顔。
寂しそうな目。
あの時、声をかけられなかった人と、同じ表情。
「私は……」
『マコ様!』
キューピクルが叫んだ。
『その手を取らないでください!』
「……キューピクル」
『魔王の言葉は、半分は本当です。でも、半分は嘘です!』
「嘘?」
『マコ様は孤独じゃありません! レオンハルト様がいます! エレナ様がいます! そして、私がいます!』
キューピクルが、私の目の前に浮かんだ。
『マコ様は「大丈夫」って言い続けてきました。でも、私たちは気づいていました。マコ様が苦しんでいること、私たちは知っていました!』
「……」
『だから、笑わせようとしたんです。ダジャレを言ったり、尋問みたいな質問をしたり。不器用でしたけど、マコ様のことを想っていたんです!』
レオンハルトの、寒すぎるダジャレ。
エレナの、尋問みたいな質問。
キューピクルの、統計データ。
全部、私のためだったんだ。
『マコ様は、一人じゃありません。誰にも理解されないなんて、嘘です。私たちは、マコ様を見ています。マコ様のことを、ちゃんと見ています!』
キューピクルの目が、潤んでいた。
ホログラムなのに。
AIなのに。
『だから、お願いです。その手を取らないでください。マコ様を、魔王に渡したくありません!』
---
私は、魔王の手を見つめた。
そして、首を横に振った。
「……ごめんなさい」
「断るのか」
「はい」
「なぜだ。お前を理解できるのは俺だけだと言っただろう?」
「違う」
私は、振り返った。
レオンハルト、エレナ、キューピクル。
三人が、私を見ている。
「私を理解してくれる人は、ここにいる」
「……」
「完璧じゃなくていい。ダジャレは寒いし、尋問は怖いし、統計データは当たらない。でも、私のことを想ってくれてる」
私は、魔王を見た。
「あなたも、そうだったんじゃないの」
「何?」
「周りに、あなたのことを想ってくれる人、いなかった? あなたが『完璧』を演じてる間、心配してくれてた人、いなかった?」
魔王が、固まった。
「……」
「さっき言ってたよね。『完璧じゃなくていい』って言ってくれた人がいたって。あなたを救おうとしてくれた人がいたって」
「……」
「その人、あなたのこと、ちゃんと見てたんじゃないの」
魔王の表情が、揺れた。
赤い瞳が、わずかに潤んだように見えた。
「私は、言えなかった。『助けて』って。『辛い』って。でも、それは周りの人のせいじゃない。私が、言わなかっただけ」
「……」
「あなたも、そうなんじゃない? 『誰も理解しない』んじゃなくて、『理解させようとしなかった』んじゃない?」
魔王が、黙った。
長い沈黙が流れた。
「……お前に、何がわかる」
「わかんない。でも、わかりたいと思ってる」
「……」
「あなたの話、聞かせてよ。『完璧』じゃなくていいから。本当のこと、教えて」
魔王が、黙った。
さらに長い沈黙が流れた。
そして――。
「……お前は、変な奴だな」
「よく言われる」
「魔王に向かって、『話聞かせて』とか」
「うん」
「俺を倒しに来たんじゃなかったのか」
「それは、この人たちの仕事」
私は、レオンハルトとエレナを指さした。
「私は、聞くだけ。聞くことしかできないから」
魔王が、笑った。
初めて見る、穏やかな笑みだった。
「……そうか」
魔王が、玉座に座り直した。
「なら、聞いてくれ。俺の話を」
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**第8話「魔王の正体」**
**――了――**
**次回「最後の呪文」**
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## キューピクルの異世界データベース
### 【今日の豆知識】
異世界ファンタジーの結末パターン。
「魔王討伐エンド」と「スローライフエンド」。
近年は後者が優勢になりつつある。
読者は「戦い」より「癒し」を求めているのかもしれない。
### 【補足】
本作の魔王は、倒すべき敵なのか。
それとも、救うべき存在なのか。
統計データでは、判定不能です。
### 【呪文と魔王の関係】
「オストキメトキス」と魔王の力は同系統。
どちらも「感情を糧にする力」である。
魔王城で減少が加速したのは、共鳴現象の可能性。
### 【キューピクルの統計の信頼度】
★★☆☆☆(こういう時に限って当たらない)
### 【今日のパラメータ】
- 人間味 :47%(▼6%)
- 愛情 :28%(▼3%)
- 伝達欲求 :25%(▼4%)
- 自己保存 :38%(▼3%)
- 次回予測 :最終決戦




