表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『恋の呪文とAI分析で異世界攻略してみた 〜ソースは数万冊のラノベですけど何か?〜』  作者: sora_op


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

第6話「声が、出ない」

第6話「声が、出ない」


---


 魔王討伐の旅、五日目。


 北の山脈に向かう道は、日に日に険しくなっていた。

 馬車を降りてからは徒歩移動が続き、雪の残る岩肌が靴の裏をじわじわ削ってくる。


「マコ殿、大丈夫か」


 先頭を歩くレオンハルトが振り返った。


「……はい」


「顔色が悪いぞ。休憩するか」


「……大丈夫です」


「マコ」


 今度は隣からエレナが歩調を合わせてくる。


「無理をするな。私の肩を使え」


「いや、私の肩を使ってくれ、マコ殿」


「団長、私が先に声をかけた」


「私の方が先に気づいていた」


 二人が私を挟んで睨み合う。


 ……重い。


 朝からずっとこうだ。


「マコ殿、喉は渇いていないか。水を飲むか」


「私の水筒の方が冷えている。マコ、こちらを」


「いや、私の水筒には薬草を入れてある。体に良いぞ」


「薬草より、純粋な水の方が――」


「二人とも、大丈夫ですから……」


 声を出すのも、だんだん億劫になってきた。


『マコ様、現在の感情パラメータは64%です』


 キューピクルが淡々と報告する。


「……また減った」


『はい。1日あたり約3〜5%の自然減少が続いています』


「呪文、使ってないのに」


『残留効果による消耗が続いているようです』


 残留効果。

 私が存在するだけで、周りの人を惹きつけてしまう。

 その代償として、私の感情が削られていく。


「……歩くだけで減るとか、課金ゲーのスタミナかよ」


『的確な比喩です』


「褒めてない」


『そうですか』


 キューピクルがしょんぼりした。


 もう何回目だろう。

 数えるのをやめてから、さらに何回目だろう。


---


 山道を登っていく。


 レオンハルトが先頭、エレナが後方、私は真ん中。

 いつもの隊列だ。


「この先に、魔王軍の前線基地があるらしい」


 レオンハルトが振り返る。


「偵察を行い、可能であれば排除する。マコ殿は後方に下がっていてくれ」


「……はい」


「危険があれば、呪文を使ってくれ。お前の力が、我々には必要だ」


 **お前の力が、必要だ。**


 その言葉が、胸に刺さった――はずだった。


「……はい」


『マコ様、「呪文を使いたくない」と伝えた方が――』


 キューピクルが小声で囁く。


 私は首を横に振った。


『なぜですか。このまま使い続ければ、マコ様の感情は――』


「わかってる」


 小声で返す。


「でも、言えない」


『言えない?』


「私、この人たちに『お前の力が必要だ』って言われて、ここにいるんだよ」


 キューピクルが黙った。


「呪文が使えなくなったら、私、何の役にも立たない。剣も使えない、魔法も使えない、ただの女子高生だよ」


『でも、マコ様の体が――』


「わかってるって」


 わかってる。

 このまま使い続けたら、私は壊れる。


 でも。


「『使いたくない』って言ったら、見捨てられるかもしれないじゃん」


『レオンハルト様もエレナ様も、そんなことは――』


「わかんないでしょ、そんなの」


 声が少し大きくなった。


 レオンハルトが振り返る。


「マコ殿? どうかしたか」


「……いえ、何でも」


 何でもない。


 何でもないふりをするしかない。


 だって私は――


 十五文字の告白すらできなかった人間だ。

 「映画行かない?」が言えなかった人間だ。


 そんな私が、「呪文使いたくない」なんて言えるわけない。

 「嫌です」の三文字すら、きっと言えない。


---


 前線基地が見えてきた。


 岩山の中腹に、粗末な砦が建っている。

 旗がはためき、魔物の兵士らしき影が動いている。


「数は……二十体程度か」


 エレナが目を細める。


「私と団長で対処できる範囲だな」


「ああ。マコ殿、ここで待っていてくれ」


「……はい」


 二人が砦に向かって駆け出す。


 私は岩陰に隠れて見守ることしかできない。


『マコ様、何かあれば呪文を使う準備を』


「……うん」


 呪文を使えば、敵を味方にできる。

 でも、そのたびに感情が削られる。

 今の私に、どれだけの余裕があるんだろう。


---


 戦闘が始まった。


 レオンハルトの剣が閃く。

 エレナの剣が舞う。


 二人の連携は見事だった。

 魔物が次々と倒されていく。


「さすがだな……」


 私は、ただ見ているだけ。

 何の役にも立たない。


 でも、「役に立ちたい」という焦りすら薄い。


『マコ様、敵増援です』


 キューピクルの声が響いた。


 見ると、砦の奥から新たな魔物が現れている。

 さっきまでの雑魚とは違う。巨大な体躯。禍々しいオーラ。


「中ボスか……!」


 レオンハルトが剣を構え直す。

 エレナも身構える。


 だが、その時。


「団長、後ろ!」


 エレナが叫んだ。


 レオンハルトの背後に、別の魔物が忍び寄っていた。


「くっ……!」


 レオンハルトが振り返る。だが、間に合わない。


 エレナが飛び出した。


 レオンハルトを庇い、魔物の攻撃を受け止める。


「エレナ!」


「問題ない……! 団長は前に集中しろ……!」


 エレナが魔物と斬り結ぶ。


 だが、中ボスがエレナに向かって突進してきた。


 背後からの攻撃。

 エレナは気づいていない。


「――っ」


 私は叫ぼうとした。


 「逃げて」と。

 「後ろ」と。


 口を開く。

 喉に力を込める。


 でも――


「――」


 声が、出なかった。


 声の手前で、音だけが崩れた。

 空気だけが口から漏れた。


「――っ」


 必死に口を動かす。


 エレナ。

 逃げて。

 後ろ。


 どれでもいい。何でもいい。

 声を出せ。出すんだ。


「――」


 出ない。

 何も、出ない。


『マコ様、発声機能に異常が――』


 キューピクルの声が遠く聞こえる。


 エレナの背後に、中ボスが迫る。


 私は声も出せずに見ているしかない。

 体が動かない。

 足が縫い付けられたように動かない。


 ただ、口だけがパクパク動いている。

 音のない叫び。

 届かない警告。


「――っ」


 その時。


 エレナが振り返った。

 私の口の動きを読んだみたいに。


 剣を翻し、中ボスの攻撃を受け止める。


「舐めるな……!」


 エレナが反撃する。


 剣が閃き、中ボスの胴を切り裂く。

 魔物が消滅した。


「……ふう」


 エレナが息をつく。


 レオンハルトも残りの魔物を片付けていた。


「終わったな」


「ああ。思ったより手強かった」


 二人が無事だった。


 エレナが、私の口の動きを読んで、対処した。


 ……届いた、のか?


 声は出なかったのに。


---


「マコ殿!」


 レオンハルトが駆け寄ってくる。


「大丈夫か! 怪我はないか!」


 私の顔を両手で挟んで覗き込んでくる。近い。


「マコ!」


 エレナも走ってきた。


「顔が真っ青だ。どこか痛むのか」


 レオンハルトの手を払いのけて、私の額に手を当てる。


「熱はない……が、震えている」


「マコ殿、私の外套を羽織るといい」


 レオンハルトが外套を脱ぎ始める。


「団長、私の外套の方が軽くて温かい」


 エレナも外套を脱ぎ始める。


「いや、私の方が――」


「私の方が――」


 二人がまた睨み合う。


 また、だ。


「……」


 返事をしようとする。

 でも、声が出ない。


「マコ殿?」


 レオンハルトが怪訝な顔をする。


 私は首を横に振った。


 大丈夫。怪我はない。

 声が出ないだけ。


「……マコ」


 エレナの目が真剣になった。


「さっき、何か言おうとしていたか」


 私は頷いた。


「私に、警告を?」


 また頷く。


 声が出ない。悔しい。

 悔しいはずなのに、その感情も薄い。


「……届いていた」


 エレナが静かに言った。


「声は聞こえなかった。でも、お前の口が動いているのが見えた。必死に何かを伝えようとしているのが」


「……」


「だから振り返った。お前が教えてくれたんだ」


 エレナが私の手を握った。


「ありがとう、マコ」


 ……届いて、いたんだ。

 声は出なかったのに。

 言葉にならなかったのに。


 それでも。


「団長、マコの様子がおかしい。声が出ていない」


「何だと」


 レオンハルトが私の顔を覗き込む。


「マコ殿、私の声は聞こえるか」


 頷く。


「喋れないのか」


 頷く。


「いつからだ」


 首を傾げる。わからない。


「エレナ、休息を取ろう。マコ殿の体調が心配だ」


「ああ。私もそう思っていた」


 二人が私を両側から支える。


「私がマコ殿を運ぶ」


「いや、私が運ぶ」


「私の方が力がある」


「私の方がマコに負担をかけない運び方ができる」


 また、睨み合っている。


 ……いい加減にしてほしい。


 でも、「いい加減にして」という声も出ない。


 私は二人に挟まれたまま、ただ黙っているしかなかった。


---


 岩陰で休憩する。


 レオンハルトとエレナが、私の両隣に座っている。

 離れない。全然離れない。


「マコ殿、水を」


「マコ、私の干し肉を食べるか」


「マコ殿、寒くないか。もっと寄るか」


「団長、近すぎる。マコが困っている」


「お前こそ近い」


 ……重い。


 ありがたいはずなのに、重い。


『マコ様、少し離れてもらった方がいいのでは』


 キューピクルが小声で言う。


 私は首を横に振った。


『なぜですか』


 声が出ないから、口の動きだけで伝える。


 ――言えない。


『また、ですか』


 頷く。


 この二人に「近いから離れて」なんて言えない。

 「呪文使いたくない」も言えない。

 「嫌です」も言えない。


 私は、何も言えない人間だ。

 昔から、ずっと。


---


 少し時間が経って、レオンハルトが立ち上がった。


「私は周囲の警戒をしてくる。エレナ、マコ殿を頼む」


「ああ」


 レオンハルトが離れていく。


 エレナと二人きりになった。


「……マコ」


「……」


 声が、まだ出ない。


「声が出ないのは、あの呪文の副作用か」


 頷く。


「使うたびに、お前の何かが削られているのだな」


 また頷く。


 エレナは鋭い。

 呪文で落としたはずなのに、ちゃんと私のことを見ている。


「……マコ」


 エレナが私の手を握った。


「使いたくないなら、使わなくていい」


「……っ」


 思わず、エレナを見る。


「私と団長がいる。お前が呪文を使わなくても、魔王は倒せる」


 言いたいことが、たくさんある。

 でも、声が出ない。


「お前は、自分を犠牲にしすぎだ」


 エレナが私の目をまっすぐ見た。


「私たちは、お前の力が欲しくてここにいるんじゃない。お前と一緒にいたいからここにいるんだ」


 嘘だ。

 最初は「お前の力が必要だ」って言ったじゃないか。


 でも、その言葉は声にならない。


「……信じられないか」


 私は頷いた。


「そうか」


 エレナは悲しそうに笑った。


「なら、信じられるまで、何度でも言う。私はお前が好きだ。お前の力じゃなく、お前自身が」


 その言葉に、何か言わなきゃいけない気がした。

 「ありがとう」とか、「嬉しい」とか。


 でも、声が出ない。


 だから私は、ただ、エレナの手を握り返した。

 それが、今の私にできる精一杯だった。


---


 しばらくして、声が戻ってきた。


『マコ様、発声機能、回復しています。話せますか』


「……あ」


 声が、出た。

 掠れているけど、出た。


「……話せる」


「マコ! 声が……」


 エレナが安堵の表情を見せた。


「よかった……本当に、よかった……」


 エレナが私を抱きしめた。

 強く。でも、優しく。


「……エレナさん」


「さん付けはいい。エレナでいい」


「……エレナ」


「ああ」


「……ありがとう」


 言えた。

 社交辞令じゃなく、言えた。

 掠れた声で、やっとだけど。


 レオンハルトが戻ってきた。


「おお、マコ殿! 声が戻ったのか!」


 駆け寄ってきたレオンハルトは、エレナが私を抱きしめているのを見て固まった。


「……エレナ」


「なんだ」


「抜け駆けは許さんぞ」


「抜け駆けではない。看病だ」


「看病に抱擁は必要ない」


「必要だ」


「必要ない!」


 また始まった。


 でも、なぜか――


 それが、少しだけ嬉しかった。

 嬉しい、と思えた。

 ほんの少しだけ。


---


 その夜。


 野営地で、私は一人で星を見ていた。

 空には、相変わらず月が二つ浮かんでいる。


『マコ様』


 キューピクルが隣に浮かんでいる。


『現在の感情パラメータを報告します』


「……聞きたくない」


『聞いてください』


 また、あの強い口調だ。


『総合:61%。愛情:43%。そして――』


 キューピクルが一度言葉を切った。


『「伝達欲求」という新しいパラメータを検出しました。現在値:38%』


「伝達欲求……」


『誰かに何かを伝えたいという感情です。これが一定値を下回ると、発声が困難になるようです』


 言葉を探すほど、世界が遠のいていく感じがした。


「……38%か」


『はい』


「あと、どれくらい持つの」


『このペースだと、3日程度で20%を切ります。そうなると、日常会話も困難になる可能性があります』


 三日。


 たった三日で、私は喋れなくなるかもしれない。


「……そっか」


 それだけしか、言えなかった。


 怖いはずだ。

 喋れなくなるなんて、怖いはずだ。


 でも、恐怖のパラメータもきっと下がっているんだろう。

 だから「怖い」と感じられない。


「……ねえ、キューピクル」


『はい』


「さっき、エレナが言ってたこと」


『「使いたくないなら、使わなくていい」ですか』


「うん。……信じていいのかな」


『……私には、わかりません』


 キューピクルが正直に答えた。


『でも、エレナ様の目は本気でした。呪文の効果だとしても、あの言葉は本心だったと思います』


「呪文の効果で本心……変な話だね」


『はい。でも、人間の感情は複雑です。きっかけが呪文でも、その後に育った感情は本物かもしれません』


「……そっか」


 そうなのかもしれない。


 最初は呪文で落とした。

 でも今は――


 ……わからない。


 信じたい気持ちと、信じられない気持ちが混ざっている。

 でもその「信じたい」という気持ちすら、だんだん薄れていく。


---


「……ねえ、キューピクル」


『はい』


「異世界ものの元祖って、なに」


 なぜか、そんなことを聞いていた。


 キューピクルが少し驚いたようだった。


『……それは、諸説ありますが』


「教えて」


『一般的には、1865年の『不思議の国のアリス』が異世界ものの元祖とされています』


 アリス。


 穴に落ちて、不思議の国に行く話。


「アリスか……」


『はい。普通の少女が、異世界に迷い込む。最も古典的なパターンです』


「アリスは、帰れたんだっけ」


『はい。夢から覚めて、元の世界に戻りました』


「……夢、か」


 これも、夢なのかな。

 目が覚めたら、元の世界に戻れるのかな。

 翔くんの顔を、ちゃんと思い出せるようになるのかな。


「……私は、帰れるのかな」


『……わかりません』


 キューピクルが正直に答えた。


『でも、私は信じています。マコ様は帰れると』


「根拠は」


『ありません。ただの、願望です』


 願望。


 AIに願望があるんだ。


「……ありがと」


『いえ』


 キューピクルが少しだけ笑った。


 私も、笑おうとした。

 口角はかろうじて上がった。

 それが笑顔に見えたかどうかは、わからなかった。


---


 目を閉じる。


 明日も旅は続く。

 魔王城に向かって。


 私の感情が削られていく旅が。


 声が出なくなるまで、あと何日だろう。

 翔くんのことを完全に忘れるまで、あと何日だろう。


 でも、今日。


 エレナの言葉が、少しだけ嬉しかった。


 **「お前の力じゃなく、お前自身が好きだ」**


 その言葉を、信じてみようと思った。


 信じる感情が、まだ残っているうちに。


 考えているうちに、意識が遠のいていく。


 ――夢の中で、誰かが呼んでいた。

 でも、その声は聞こえなかった。


 聞こえないのか、聞こえる機能が壊れたのか。

 もう、わからなかった。


---


**第6話「声が、出ない」 了**


---


## 次回予告


**次回「翔くんの声が、思い出せない」**


---


## キューピクルの異世界データベース【今日の豆知識】


異世界ものの元祖は、

1865年の **『不思議の国のアリス』** とされている。


普通の少女が異世界に迷い込み、

不思議な体験をして、元の世界に戻る。


この構造は、150年以上経った今でも

異世界ファンタジーの基本形として生き続けている。


**【補足】**

アリスは「夢オチ」で帰還した。

マコの帰還方法は……まだ不明。


**【キューピクルの統計の信頼度】**

★★★★☆(これは文学史的にガチ)




【今日のパラメータ】



人間味 :61%(▼10%)


愛情  :43%(▼9%)


伝達欲求:38%(NEW)


次回予測:さらに低下の見込み

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ