第5話「ハーレムなんて要らなかった」
魔王討伐の旅、2日目。
馬車は森を抜け、小さな村に差し掛かっていた。
「ここで補給をしよう。食料と水が必要だ」
レオンハルトが馬車を止める。
村は、のどかだった。藁葺き屋根の家々。畑で働く人々。井戸端で話す女性たち。
……平和だ。
平和、なはずだ。
「マコ殿、降りるぞ」
「……はい」
馬車から降りる。足が少しふらついた。
「大丈夫か」
「大丈夫です」
大丈夫じゃない。
昨日より、体が重い。
昨日より、世界が遠い。
『マコ様、現在の感情パラメータは76%です』
「……嘘、また減った」
『はい。移動中の自然減少と思われます』
「使ってないのに減るの」
『微量ですが、感情を「維持する」だけでもコストがかかるようです』
なにそれ。
生きてるだけで削られるってこと?
『ポジティブに考えれば、「生きている証拠」とも言えます』
「ポジティブじゃない」
『そうですか』
キューピクルがしょんぼりした。
もう数えるのをやめた、このしょんぼり。
---
村の広場で、騒ぎが起きていた。
「お願いします! 誰か、助けてください!」
若い女性が叫んでいる。茶色の髪を二つに結んだ、村娘らしい少女。
「どうした」
レオンハルトが駆け寄る。
「森に、魔物が……! 弟が、森に薬草を取りに行ったまま帰ってこないんです……!」
魔物。
この世界には、そういうのがいるらしい。
「わかった。我々が探しに行こう」
「本当ですか!?」
「ああ。心配するな」
レオンハルトが頼もしく微笑む。
村娘の顔が、パッと明るくなった。
「ありがとうございます……! あの、お名前は……」
「レオンハルト。ヴァルハイム騎士団の団長だ」
「騎士団長様……!」
村娘がレオンハルトを見つめる目が、キラキラしている。
……ああ、これは。
『典型的な「村娘ルート」の導入です。統計データによると、旅の途中で村娘と出会い、魔物から救出するイベントは異世界ものの47.3%に登場します』
「聞いてない」
『ちなみに、この後の展開パターンは――』
「聞いてないって」
---
森に入った。
レオンハルトが先頭、エレナが後方、私は真ん中。
護衛されている形だ。
「マコ殿、危険を感じたらすぐに言ってくれ」
「……はい」
「お前の安全が最優先だ」
「……はい」
レオンハルトの言葉に、何も感じない。
守られている安心感。
頼られている嬉しさ。
そういうものが、もう湧いてこない。
「……いた」
エレナが剣を抜いた。
前方に、巨大な猪のような魔物。その足元に、小さな男の子が震えている。
「あれが弟か」
「間違いない。救出する」
レオンハルトとエレナが飛び出す。
剣が閃く。魔物が吠える。
戦闘は、あっという間だった。
「終わったぞ」
レオンハルトが剣を収める。魔物は消滅し、男の子は無事だった。
「お兄ちゃん怖かった……」
「もう大丈夫だ。姉が待っている」
エレナが男の子を抱き上げる。
……私、何もしてない。
見てただけだ。
でも、「役に立てなくて申し訳ない」という感情すら、薄い。
---
村に戻ると、村娘が駆け寄ってきた。
「弟! よかった……!」
姉弟が抱き合う。
感動的なシーンだ。
感動的な、はずだ。
「本当に、本当にありがとうございます……!」
村娘が私たちに頭を下げる。
そして、レオンハルトを見つめる。
「あの……騎士団長様、もしよろしければ、今夜は我が家で休んでいってください。お礼に、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
レオンハルトは私を見た。
「マコ殿、どうする?」
「……私に聞くんですか」
「当然だ。そなたが嫌なら断る!」
嫌、という感情が、よくわからない。
「……いいんじゃないですか」
「そうか。では、お言葉に甘えよう」
村娘の顔が、また輝いた。
でも、その視線はレオンハルトではなく――
私に向いていた。
「あの、そちらのお嬢様は……」
「ん? ああ、彼女はマコ殿だ。我々の大切な仲間だ」
「マコ様……」
村娘が私を見る。
なんだろう、この目。
さっきまでレオンハルトに向けていたのと、同じ目。
『マコ様、村娘様の好感度が急上昇しています』
「……は?」
『推測ですが、レオンハルト様とエレナ様への好感度がマコ様に「転移」した可能性があります』
「意味わかんない、なんでなのよ。」
『呪文の残留効果かと。マコ様に関わる人物への好感度が、連鎖的にマコ様へ向かう現象です』
「そんな仕様、聞いてない」
『私も初めて観測しました』
村娘が、頬を染めて私を見つめている。
「マコ様……素敵なお名前ですね……」
「え、あ、ありがとう、ございます……?」
言えた。社交辞令として。
心は、相変わらず置き去りだった。
---
村娘の家で、夕食をご馳走になった。
素朴だけど、心のこもった料理だった。
……心がこもっている、はずだった。
「マコ様、もっと召し上がってください」
「あ、はい……」
「マコ様、お水はいかがですか」
「あ、大丈夫です……」
「マコ様、デザートもありますよ」
「あ……」
村娘の世話焼きが止まらない。
レオンハルトとエレナは、完全に空気になっている。
「……なあ、エレナ」
「……なんだ、団長」
「我々、いる意味あるか」
「……ないな」
二人がしょんぼりしている。
呪文でオトしたはずの二人が、別の人に取られそうになってしょんぼりしている。
カオスだ。3角関係なんて私、いつの間にか、飛び越えてたよ、まったく…
『マコ様、これは典型的な「無自覚タラシ」パターンです』
「タラシって何?」
『意図せず異性(または同性)を惹きつけてしまう主人公のことです。ソースは『やはり俺●青春ラブコメはまちがっている。』『冴えない彼女●育てかた』他多数』
「いや私、惹きつけたくないんだけど?」
『それが「無自覚」の所以です』
「だから嫌なんだってば〜」
---
翌朝。
村を出発する時、村娘が涙ぐんでいた。
「マコ様……また、来てくださいますか……?」
「え、あーたぶん……機会があれば……」
「待っています。ずっと、待っています……」
ズシッと、重い。
レオンハルト並みに重い。
『村娘様の好感度、MAX継続中です』
「知りたくなかった」
馬車が動き出す。
村娘が手を振っている。
私は、手を振り返した。
形だけ。
心は、やっぱり置き去りだった。
---
次の町に着いた。
商業都市らしく、人が多い。露店が並び、商人たちが声を張り上げている。
「ここで情報を集めよう。魔王軍の動向を探る」
レオンハルトが言う。
「私は酒場に行く。エレナは市場を。マコ殿は……」
「私も市場に行きます」
「そうか。では、エレナ、マコ殿を頼む」
「承知した」
エレナと二人で、市場を歩く。
活気がある。
活気がある、はずだ。
「……マコ」
「はい」
「何か欲しいものはあるか」
「……特には」
「そうか」
エレナは、それ以上何も言わなかった。
私の返事が、いつも通り空虚なのを、わかっているんだろう。
「あ、あの!」
突然、声をかけられた。
振り向くと、豪華な服を着た少女がいた。金髪縦ロール。扇子を持っている。
……どこかで見たことあるビジュアル。
『典型的な「お嬢様キャラ」です。ソースは――』
「言わなくていい」
『はい』
「あなた、素敵な雰囲気ですわね!」
お嬢様が目をキラキラさせている。
また、あの目だ。
「お名前を教えていただけまして?」
「……甲賀、マコです」
「コウガマコ様……異国のお名前ですのね。素敵ですわ!」
お嬢様が頬を染めている。
『好感度、急上昇中です』
「また!?」
『残留効果が強まっているようです。マコ様と接触するだけで好感度が上がる状態になっています』
なにそれ。
歩くフェロモンじゃん。
いや、フェロモンどころじゃない。
歩く洗脳装置じゃん。
「マコ様、私、リリアーナと申しますの。父は、この町一番の商会を営んでおりますのよ」
商人の娘。
プロットにあった通りだ。
「あの、もしよろしければ、お茶でも――」
「すみません、急いでるので」
「え」
「失礼します」
私はエレナの手を引いて、その場を離れた。
「マコ、いいのか」
「いいです」
「商会の娘だぞ。情報源になるかもしれない」
「いいんです」
いい。
もう、いい。
これ以上、偽物の好意を向けられたくない。
---
町外れの広場で、また出会いがあった。
黒いローブを着た少女が、魔法の練習をしていた。
杖を振ると、小さな火の玉が飛ぶ。でも、すぐに消える。
「くっ……また失敗……」
少女が悔しそうに地面を蹴る。
その時、少女がこちらを向いた。
銀髪。赤い瞳。どこか影のある表情。
――その赤い目が、翔くんの「寂しそうな目」と重なった。
「……あの」
気づいたら、声をかけていた。
少女がビクッと肩を震わせる。
「なっ……何、急に話しかけないでよ……!」
少女が後ずさる。顔が真っ赤だ。
……怒ってる? いや、違う。これは――
「べ、別に誰かに見られたくてやってたわけじゃないんだから……!」
ツンデレだ。
しかも引っ込み思案タイプの…
『典型的な「ツンデレ魔法使い」です。ソースは――』
「今はいい」
『はい』
「ご、ごめん。邪魔するつもりじゃなくて……」
「……っ」
少女が私をチラチラ見ている。目を合わせると、すぐに逸らす。
「……あなた、誰」
「私は、マコ。旅の途中で……」
「……ふーん」
少女が、そっぽを向いたまま呟いた。
「……私、アリシア。魔法使い見習い。別に、名乗りたかったわけじゃないけど」
「そう」
「……あなた、不思議な人」
「よく言われる」
「べ、別に褒めてないから……!」
顔が真っ赤なまま、アリシアは杖を握りしめている。
私は、何も感じなかった。
感じなかったけど、思った。
あの赤い目。
どこか、寂しそうだった。
---
夕方、宿に戻った。
レオンハルトとエレナが、私を出迎える。
「マコ殿! 首尾はどうだった!」
「……色々、ありました」
「そうか! 私も情報を得たぞ! 魔王軍は北の山脈を拠点にしているらしい!」
「……そうですか」
「明日から、そちらに向かおう!」
「……はい」
返事をしながら、私は考えていた。
今日だけで、3人。
村娘。商人の娘。魔法使いの少女。
全員、私に好意を向けてきた。
呪文を使わなくても。
『マコ様』
キューピクルが、静かに報告する。
『本日の接触者の好感度、全員MAXです。おめでとうございます、ハーレムルート確定です!』
「……おめでとう、じゃないよ」
『え?』
「私、女だし。ハーレムとか要らないし」
『しかし、統計データによると、ハーレムルートは読者人気が――』
「読者とか関係ないでしょ!!」
声が、思ったより大きく出た。
レオンハルトとエレナが、驚いてこちらを見ている。
「マコ殿……?」
「マコ、どうした」
どうもしない。
どうもしない、はずだ。
感情は76%まで減っているはずだ。
なのに、なぜか。
胸の奥が、ざわついていた。
「……ごめんなさい。ちょっと、疲れて」
「そうか。今日は早く休め」
「……はい」
部屋に戻る。
ベッドに倒れ込む。
天井を見つめる。
「……キューピクル」
『はい』
「今日、何人に好かれた?」
『村娘様、商人の娘リリアーナ様、魔法使い見習いアリシア様。計3名です』
「全員、呪文なしで?」
『はい。残留効果によるものです』
「……つまり、私が近づくだけで、人は私を好きになる」
『そういうことになります』
便利だ。いや…
便利な、はずだ。
告白もできなかった私が、近づくだけで好かれる。
夢みたいだ。いやいや、
夢みたいな、はずだ。
「……虚しい」
口から、言葉が漏れた。
「全部、偽物じゃん」
村娘の笑顔。リリアーナの憧れの目。アリシアの微笑み。
全部、呪文の残留効果。
私を見て、私を好きになったわけじゃない。
私から漏れ出す「何か」に、引き寄せられただけ。
「本当の『好き』って、なんだっけ」
『……マコ様』
「翔くんのこと、好きだった。3年間、ずっと」
思い出そうとする。
翔くんの顔。ぼやけている。
翔くんの声。もう聞こえない。
翔くんを好きだった理由。思い出せない。
「私の『好き』も、偽物だったのかな」
『そんなことは――』
「だって、もう思い出せないんだよ。好きだった気持ち」
涙が出ない。
悲しいはずなのに。
悲しい、はずなのに。
『マコ様、現在の感情パラメータを報告します』
「……聞きたくない」
『聞いてください』
キューピクルが、珍しく強い口調で言った。
『愛情:52%。本日だけで12%低下しました』
「……52」
『半分を、切りました』
半分。
愛情が、半分以下になった。
好きだった人のことを、好きだった気持ちが、半分以下になった。
「……そっか」
それだけしか、言えなかった。
それだけしか、感じられなかった。
『マコ様、このままでは――』
「わかってる」
『呪文を使わなくても、残留効果で削られていきます』
「わかってる」
『どうすれば――』
「わかんない」
わからない。
どうすればいいか、わからない。
でも、「どうすればいいかわからなくて不安」という感情すら、薄い。
「……ねえ、キューピクル」
『はい』
「ハーレムって、楽しいわけ?」
『……え?』
「ラノベとかで、主人公がハーレム作って、チヤホヤされて。あれ、楽しいの」
『統計データによると、ハーレム展開は読者の68.7%に支持されており――』
「読者じゃなくて。主人公は、楽しいの」
キューピクルが、黙った。
『……わかりません。主人公の内面データは、私のデータベースにはありません』
「だよね」
だよね。
誰も、主人公の気持ちなんて、わからない。
チヤホヤされて、モテモテで、羨ましいって思われて。
でも、その「好き」が全部偽物だったら。
自分の「好き」すら、消えていってるのだとしたら。
「ハーレムなんて、要らなかった」
呟いた。
誰にも聞こえないように。
でも、キューピクルには聞こえたらしい。
『……マコ様』
「なに」
『私は、マコ様のことが好きです』
「……は?」
『呪文の効果ではありません。私はAIですから、呪文は効きません』
「……」
『私は、マコ様と一緒に旅をして、マコ様のツッコミを聞いて、マコ様のしょんぼりを見て――いえ、しょんぼりしてるのは私ですね――とにかく、私はマコ様といるのが楽しいです』
キューピクルが、まっすぐ私を見ていた。
ホログラムなのに。AIなのに。
その目は、本気だった。
『だから、消えないでください。マコ様が好きな私のためじゃなくて、マコ様自身のために』
「……」
何か、言わなきゃいけない気がした。
「ありがとう」とか、「嬉しい」とか。
でも、言葉が出てこない。
感情が、言葉に乗らない。
「……ごめん」
また、謝ることしかできなかった。
「嬉しいはずなのに、嬉しいと思えない。ごめん」
『……いいです。マコ様が「嬉しいはず」と思ってくれただけで、私は嬉しいです』
キューピクルが、笑った。
その笑顔を見て。
私は――
――何も、感じなかった。
感情は、動かなかった。
でも、胸じゃなくて、喉だけが痛くなった…
---
第5話「ハーレムなんて要らなかった」
――了――
次回「声が、出ない」
---
# キューピクルの異世界データベース
---
## 〖今日の豆知識〗
「小説家になろう」における
「ハーレム」タグ作品数は、数万作品に上る。
しかし、主人公が
「ハーレム要らない」と明言する作品は少数派。
本作のマコは、統計的にレアな主人公である。
---
## 〖補足〗
近年は「一途系」「本命一筋」の作品も増加傾向。
ハーレムに疲れた読者層の存在が示唆されている。
---
## 〖キューピクルの統計の信頼度〗
★★☆☆☆(ハーレムの定義が曖昧なので)
〖今日のパラメータ〗
人間味:71%(▼7%)
愛情 :52%(▼12%)
次回予測:さらに低下の見込み
次回もお楽しみに…!




