第4話「人間味:残り78%」
異世界生活5日目。
私は城の中庭で、エレナに剣の構え方を教わっていた。
「違う。腰が引けている」
「す、すみません……」
「謝らなくていい。もう一度」
エレナは厳しいけど、丁寧に教えてくれる。
……呪文で オトした はずなのに、意外とまともだ。
『エレナ様の好感度はMAXですが、性格の根幹は変わっていないようです。「好き」と「甘やかす」は別物ということですね』
キューピクルが解説する。
「なるほど……」
「何がなるほどだ。集中しろ」
「はいっ」
木剣を構え直す。
正直、剣なんて振ったことない。
そんな女子高生いてたまるか〜。
体育の授業でも運動音痴で有名だった私が、異世界で剣術を習うことになるなんて。
「そもそも、私が剣を持つ意味あるんですか? 呪文があるし……」
「呪文が使えない状況もある。自衛手段は多いに越したことはない」
「…そうかもしれないけど…」
エレナの言うことは正論だ。
でも、なんだろう。
この会話、どこか他人事みたいに感じる。
休憩時間。
エレナが水を持ってきてくれた。
「ほら、飲め!」
「あっ……」
受け取る。冷たくて美味しい。
……美味しい、はずだ…
喉は潤う。体は楽になる。
でも、「美味しい」という感情が、なぜだか…とても遠く感じる。
「どうした。顔色が悪いぞ」
「いえ、大丈夫です…」
「無理をするな。今日はここまでにしよう」
「あ、ありがとう、ござい……」
言葉が、止まった!?
「……?!」
エレナが怪訝な顔をする。
「どうした」
「いえ、その……」
ありがとうございます。
たった9文字。ひらがなにしたら13文字。
言えない。
口が動かない。
いや、違う。口は動く。声も出る。
でも、「感謝」という感情が、何ていったらいいか、言葉に乗らない。
「……すみません、ちょっと」
私は立ち上がって、その場を離れた。
城の廊下を歩く。
足早に。でも、どこに向かっているかわからない。下だけを向いて歩く…
「キューピクル!」
『はい』
「私、おかしい?」
『……はい』
キューピクルが、珍しく即答した。
「わかってたの…?」
『観測していました』
キューピクルがホログラムでグラフを表示した。
『マコ様の感情反応データです。第1話……いえ、異世界転移初日を100%とした場合――』
グラフが表示される。
『現在、78%まで低下しています』
「……78?」
『はい。約5分の4です』
「なんで80じゃないの」
『実測値ですので』
「妙にリアルな数字出すじゃん……」
78%。
微妙だ。微妙に不安になる数字だ。
80%なら「まだ8割ある」と思える。
75%なら「4分の3か」とキリがいい。
78%は、どっちつかずで、じわじわ削られてる感じがして、すごく嫌だ。
『内訳を表示しますか?』
見たくなかった。けど、目を逸らせなかった。
「……表示して」
キューピクルがさらに詳細なグラフを出した。
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感情パラメータ現在値
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喜び :82%(▼18%)
悲しみ :71%(▼29%)
怒り :85%(▼15%)
恐怖 :69%(▼31%)
驚き :88%(▼12%)
嫌悪 :91%(▼9%)
愛情 :64%(▼36%)
* * *
総合 :78%
「……愛情、めっちゃ減ってるじゃん」
『はい。呪文の代償として、最も消費されている感情です』
「嫌悪は残ってるんだ…」
『ネガティブ感情の一部は比較的保持されやすいようです』
「嫌なことだけ覚えてるタイプじゃん私……」
笑おうとした。
でも、笑えなかった。
唇が動かない。
『マコ様、「驚き」はまだ88%あります!』
「だから何」
『つまり…、驚くことはできます』
「いや、驚きたくは、ないんだけど?」
『そうですか…』
キューピクルがしょんぼりした。
何回目だろう、このしょんぼり。
…でも、今は「かわいそう」とも思えない。
部屋に戻ると、レオンハルトが待っていた。
「マコ殿! 訓練はどうだった!」
「……普通です」
「そうか! エレナは厳しいが、腕は確かだ。きっとすぐに上達する!」
「……はい」
「夕食は一緒にどうだ! 今日は特別に、故郷の料理を用意させた!」
「……ありがとう、ございます」
言えた。
口が勝手に動いた。心は置き去りだった。
さっきエレナには言えなかったのに、レオンハルトには言えた。
なんで?
『推測ですが、レオンハルト様への感謝は「社交辞令」として処理されたのかもしれません』
「……つまり?」
『本心からの感謝は出力できないが、形式的な感謝は出力できる、ということかと』
あ〜、なるほど。
つまり私は、「ありがとう」を「本気で思ってない時だけ」言えるようになったわけだ。
最悪じゃん、、、そんな私。
「マコ殿? どうかしたか?」
「いえ……何でもないです」
「そうか。では、夕食の時間になったら迎えに来る」
「はい」
レオンハルトが去っていく。
その背中を見送りながら、私は思った。
あの人は、本当に私のことを想ってくれている。
呪文のせいだとしても。偽物の感情だとしても。
でも、私はそれに「嬉しい」と感じられない。
かと言って、「申し訳ない」とも思えない。
ただ、単に「そういう状況である」と認識しているだけ。
夕食の席。
レオンハルトとエレナと私。3人でテーブルを囲む。
「美味いだろう、この煮込み料理!」
「……はい」
「マコ殿の口に合うか心配だったが、よかった!」
「……はい」
料理は美味しい。たぶん。
肉は柔らかいし、野菜は甘いし、スープは温かい。
でも、「美味しい」という感情が湧いてこない。
味覚はある。食感もわかる。
でも、それを「嬉しい」「幸せ」に変換する機能が、壊れかけている。
「マコ」
エレナが声をかけてきた。
「あまり食が進んでいないようだが」
「……そうですか?」
「そうだ。朝からずっとおかしい」
エレナの目が、真剣だった。
呪文で オトした はずなのに、私を心配してくれている。
それは嬉しいことのはずだ。
嬉しい、はずだ。
「……大丈夫です」
「本当か?」
「はい」
嘘だ。
大丈夫じゃない。
でも、「大丈夫じゃない」と訴える感情も、薄れている。どうでもいいのかな?
助けを求める気力が、ない。
『マコ様』
キューピクルが小声で囁いた。
『このままでは危険です。何か対策を――』
「対策って何?」
『……検索中』
また検索だ。
また、答えは出ないんだろう。
ローカルAIなんだから…
その夜。
私は部屋で天井を見つめていた。
翔くんのことを思い出そうとする。
顔は……思い出せる。まだ。
声は……思い出せない。もう。
好きだった理由は……なんだっけ。
「……なんで、好きだったんだっけ」
優しかったから?
かっこよかったから?
誰にでも平等に接してくれたから?
時々、寂しそうな目をしてたから?
全部、覚えている。
でも、それを「好き」に繋げる回路が、切れかけている。
『マコ様』
「……なに?」
『怖いですか?』
キューピクルが、静かに聞いてきた。
怖い!。
怖いはずだ。
自分が自分じゃなくなっていく感覚。
大切なものが消えていく感覚。
怖くないわけがない。
「……怖い、と思う」
『思う?』
「うん。怖いはず。怖いべき。だから、怖いと思う」
でも、心臓は静かだ。
手は震えていない。
涙も出ない。
「キューピクル」
『はい』
「恐怖、何%だっけ」
『69%です』
「3割減か……」
『はい』
3割減った恐怖で、私は「怖い」を感じようとしている。
感じようと、努力している。
それが、一番怖いことなのかもしれない。
……いや、「怖い」と思えないから、「怖いかもしれない」としか言えない。
『マコ様』
「なに」
『私は、マコ様が怖いです』
キューピクルが、震える声で言った。
ホログラムなのに。AIなのに。
『マコ様がマコ様じゃなくなっていくのが、怖いです。私には感情がないはずなのに、怖いんです』
「……」
『だから、お願いです。呪文を使わないでください。これ以上、減らないでください』
キューピクルが、泣きそうな顔をしていた。
私は、それを見て。
何も感じなかった。
感じなかったことに、気づいた。
気づいたことに、絶望し――
――絶望、できなかった。
「……ごめん、キューピクル」
『え?』
「私、今、あんたの心配に何も感じなかった」
『……』
「ごめん。本当なら、嬉しいとか、ありがたいとか、思うべきなのに」
『……マコ様』
「でも、謝ることはできる。形だけでも。だから、ごめん」
キューピクルは、黙っていた。
黙って、私の隣に浮かんでいた。
二つの月の光だけが、部屋を白く塗っていた。
それが、今の私にできる精一杯の「寄り添い」だった。
翌朝。
「マコ殿! 今日から魔王討伐の旅に出発だ!」
レオンハルトが、いつも通り元気に宣言した。
「準備はできているか!」
「……はい」
「よし! では行こう! お前を守ると誓った、この私についてこい!」
「……はい」
エレナが隣に来た。
「大丈夫か?」
「……はい」
「……そうか」
エレナは、それ以上何も聞かなかった。
聞いても、私がまともに答えられないことを、わかっているのかもしれない。
城門を出る。
馬車に乗り込む。
魔王討伐の旅が、始まる。
私の人間味は、78%。
これからどれだけ呪文を使えば、魔王を倒せるんだろう。
その時、私には何が残っているんだろう。
『マコ様』
「なに?」
『統計データによると、なろう主人公の転生前年齢は30〜40代が意外と多いそうです』
「……急にどうした?」
『雑学です。空気を変えようと思いまして…』
「…変わんないよ…」
『そうですか』
キューピクルがしょんぼりした。
もう何回目かわからない、このしょんぼり。
「……でも、ありがと」
『え?』
「気を遣ってくれて」
『……はい』
キューピクルが、少しだけ笑った。
私も、笑おうとした。
口角は、かろうじて上がった。
それが本当の笑顔かどうか、きちんと笑えていたかのか?それも、もうわからなかった。
第4話「人間味:残り78%」
――了――
次回「ハーレムなんて要らなかった」
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# キューピクルの異世界データベース
* * *
## 〖今日の豆知識〗
「小説家になろう」の主人公、
転生前の年齢は意外と30〜40代が多い。
「社畜がブラック企業で過労死」
「交通事故で異世界へ」
このパターンの主人公、だいたいアラフォー。
17歳女子高生のマコは、統計的にはレアケース。
## 〖補足〗
10代主人公は「学園もの」「青春系」に多い。
異世界ファンタジーでは「人生に疲れた大人」が
第二の人生を楽しむパターンが主流。
## 〖キューピクルの統計の信頼度〗
★★☆☆☆(これは割とガチなデータ)
* * *
## 〖今日のパラメータ〗
人間味:78%
次回予測:さらに低下の見込み
次回もお楽しみに……?




