第3話「AIのソースが10年古い」
異世界生活3日目。
私は城の食堂で、とんでもない話を聞かされていた。
「――というわけで、マコ殿には魔王討伐パーティーに加わってほしい」
レオンハルトが真剣な顔で言った。
いや、この人いつも真剣な顔だけど。
特に私を見る時は、真剣を通り越して暑苦しい。
「……え、私が?」
「そうだ。お前の力があれば、魔王軍の幹部すら味方につけられるかもしれない」
「いやいやいや、私ただの女子高生ですよ?」
「じょしこうせい?」
「学生です。勉強する人。戦ったことなんてない」
「問題ない。戦うのは我々だ。お前は後方で、あの不思議な呪文を使ってくれればいい」
オストキメトキス。
確かに、あれを使えば敵を味方にできる。
でも。
――スッ。
1話で騎士団長に使った時の、あの感覚を思い出す。
胸の奥から何かが抜けていく、あの感覚。
「……考えさせてください」
「もちろんだ。急かすつもりはない」
レオンハルトは頷いた。
そして、また暑苦しい目で私を見た。
「だが、一つだけ言わせてくれ」
「はい」
「お前と一緒に戦えるなら、私は死んでも悔いはない」
「重い!!」
『マコ様、レオンハルト様の好感度、本日も絶好調です』
「誰も聞いてない!!」
食堂を出ると、廊下で一人の女性とすれ違った。
長い金髪。鋭い目つき。騎士の鎧を身にまとい、腰には剣を帯びている。
美人だ。めちゃくちゃ美人だ。
でも、なんか怖い。
「……ふんっ」
女騎士は私を一瞥すると、鼻を鳴らして通り過ぎた。
「え、今の何」
『検索完了。あれはエレナ・フォン・シュヴァルツ。騎士団の副団長であり、レオンハルト様の右腕です』
「副団長……」
『そして、レオンハルト様に密かに想いを寄せているという噂があります』
「あー……」
なるほど。
つまり私は、恋敵だと思われてるわけだ。
いや、恋敵も何も、私はレオンハルトに興味ないんだけど。
『マコ様、これは典型的な「最初は敵対的だが後に仲間になるヒロイン」パターンです』
「は?」
『ソースは『灼眼●シャナ』『ゼロ●使い魔』『と●ドラ!』他、多数。ツンデレキャラの67.3%は最終的に主人公と和解し、強い絆で結ばれます』
「いや私、女の子なんだけど?」
『百合ルートの可能性も統計的には12.8%存在します!』
「もうっ!ないから!!」
キューピクルの言うことは、本当にアテにならない。
その日の午後。
私は城の訓練場に呼び出された。
そこには、レオンハルトと、さっきの女騎士エレナがいた。
「マコ殿、紹介しよう。エレナ・フォン・シュヴァルツ。我が騎士団の副団長であり、最も信頼できる部下だ」
「……ふんっ」
エレナは腕を組んで、私を睨みつけている。
怖い。
普通に怖い…。
「エレナ、そう睨むな。マコ殿は大切な客人だ」
「団長。失礼ですが、この小娘が魔王討伐の役に立つとは思えません」
「小娘……」
「見たところ、剣も持てなさそうですし、魔法の才能があるようにも見えない。足手まといになるだけでは?」
正論だった。
ぐうの音も出ない正論だった。
というか、足手まといにしかならないよね。
「エレナ、彼女には特別な力がある。それを見てから判断しても遅くはないだろう」
「……ならば、見せていただきましょう」
エレナが一歩、前に出た。
「私を、その『特別な力』とやらで倒してみせなさい」
「えっ!?」
「できないなら、パーティーには入れない。当然でしょう?」
挑発的な目。
完全に私をナメている…。
『マコ様、ここは「オストキメトキス」の出番です』
「いや、でも……」
『エレナ様を味方につければ、魔王討伐パーティーへの参加が認められます。ここは攻略すべきです』
攻略…か…
オス…なんだがメスにも効果あるんだろうか?
しかも、
また、あの感覚を味わうのか。
胸の奥から何かが抜けていく、あの、
「どうした。できないのか?」
エレナが剣を抜いた。
やばい。本気だ。
「ちょ、待って待って!」
「待たない。実戦で敵が待ってくれるとでも?」
エレナが踏み込んできた。
剣が閃く。
反射的に、私は叫んでいた。
「オストキメトキス!!」
ピンク色の光がエレナを包む。
「なっ……!」
エレナの動きが止まった。
剣を取り落とす。
そして、その頬が、みるみるうちに紅く染まっていく。
「こ、これは……何……」
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「な、なぜ……あなたを見ていると、胸が……」
エレナが膝をついた。
さっきまでの鋭い目つきが、とろんと溶けている。
「う、嘘でしょ……私は、女で……あなたも、女で……」
「いや、だから私も困ってるんですけど」
「でも……この気持ちは……嘘ではない」
エレナが私の手を取った。
「あなたの手、温かい……」
「ひぃっ!?」
『おめでとうございます、マコ様! 百合ルート突入です!』
「だから、突入してない!!」
レオンハルトが呆然としている。
「エ、エレナ……? お前、まさか……」
「団長、申し訳ありません。私、この方に……」
「待て。待ってくれ。私はどうなる」
「知りません」
「エレナァァァァ!!」
カオスだった。
また、カオスだった。
いつもカオスか…私のせいじゃん。
なんとか場を収めた後。
私は訓練場の隅で座り込んでいた。
「……はぁ」
エレナは今、レオンハルトに「あの少女の力は本物です。パーティーに入れるべきです」と熱弁している。
さっきまで「小娘」呼ばわりしてたのに。
呪文の力って、すごい。
すごい、けど。
「……なんだろ、この感じ」
また、あの感覚だった。
胸の奥から、何かが抜けていく。
炭酸が抜けたサイダーみたいに。
カルピスを薄めすぎた時みたいに。
笑おうとしたのに、頬が動かなかった。
達成感が、ない。
エレナを味方につけた。
魔王討伐パーティーへの参加が認められた。
普通なら、嬉しいはずだ。
やった! って思うはずだ。
でも。
「……なんで、何も感じないんだろ」
『マコ様?』
キューピクルが心配そうに覗き込んできた。
「……ねえ、キューピクル」
『はい』
「この呪文、副作用とかないの?」
キューピクルが、一瞬フリーズした。
『……副作用、ですか?』
「うん。なんか、使うたびに……変な感じがするんだけど」
『検索中……検索中……』
キューピクルのメガネがチカチカ光っている。
『申し訳ありません。該当するデータが見つかりません』
「見つからない?」
『はい。私のデータベースは、あくまで過去のラノベや漫画がソースです。「オストキメトキス」という呪文は、私のデータには存在しません』
「じゃあ、何もわからないってこと?」
『……はい』
キューピクルがしょんぼりした。
もう何回目だろう、このしょんぼり。
「……役に立たないなぁ まったく…」
『申し訳ありません……』
「いや、責めてるわけじゃないけど」
私は、大きくため息をついた。
「ねえ、キューピクル?」
『はい』
「そのデータベース、いつの時代のラノベが入ってるの」
『えーと……2004年から2014年頃の作品が中心です』
「10年以上前じゃん!!」
『はい。ネットに繋がっていないので、学習データの更新ができておらず……』
「道理で…ソースが古くない?とは思ったけ
ど…」
『ゼロ●使い魔』。『と●る魔術の禁書目録』。『灼眼●シャナ』。
確かに名作だ。
名作だけど、全部2000年代後半から2010年代前半の作品だ。
「最近の作品は入ってないの?」
『「最近」とは、いつ頃でしょうか』
「えーと、『転スラ』とか『無●転生』とか」
『検索中……該当データなし』
「『このすば』は?」
『該当データなし』
「『リゼロ』は?」
『該当データなし』
「嘘、全部ないの!?」
『申し訳ありません……』
キューピクルが涙目になった。ホログラムなのに。
「じゃあ、今のなろう系のテンプレ、全然わかんないってこと?」
『……はい。私の知識は、いわば「古典」に偏っております』
「古典……」
つまり、このAIは。
最新のトレンドを全く知らない、時代遅れのアドバイザーってことだ。
「……まあいいや。ないものねだりしても仕方ないし」
『マコ様……』
「でも、統計データを自信満々に言うのはやめてね。当たらないから」
『……善処します』
善処。
それ、やらないフラグだよね。
その夜。
私は再び、部屋のベッドで天井を見つめていた。
「翔くん……」
翔くんのことを思い出そうとする。
……思い出せる。
まだ、思い出せる。
でも。
「あれ……」
翔くんの声が、思い出せない。
どんな声だったっけ。
高かったっけ、低かったっけ。
優しい声だったのは覚えてる。
でも、具体的な「音」が、頭の中で再生できない。
音のない世界に、私だけが取り残されたみたいだった。
「……気のせい、だよね」
3回目だ。
「気のせい」で片付けるの、もう3回目だ。
『マコ様、お休みですか?』
「……ねえ、キューピクル」
『はい』
「私、おかしくなってるのかな」
『と,言いますと?』
「なんか……感情が薄くなってる気がする。嬉しいことがあっても嬉しくないし、悲しいことがあっても悲しくない」
『……』
「翔くんのことも……好きだったはずなのに、だんだん薄れていく気がして」
キューピクルは黙っていた。
珍しく、統計データを持ち出してこない。
「……なんで黙ってるの」
『……申し訳ありません。私には、何と言えばいいかわかりません』
「わからない?」
『はい。これは……私のデータベースにない現象です。でも、マコ様が苦しんでいるのはわかります』
「……」
『私は、マコ様を助けたいです。でも、どうすればいいかわからない。それが……とても、もどかしいです』
キューピクルが、本当に辛そうな顔をしていた。
ホログラムなのに。
AIなのに。
「……ありがとう」
『え?』
「わからないって、正直に言ってくれて。嘘の統計データ出されるより、ずっといい」
『マコ様……』
私は目を閉じた。
「……明日から、魔王討伐パーティーだね」
『はい。メンバーはレオンハルト様、エレナ様、そしてマコ様の3名です』
「少ないね」
『追加メンバーを募集中とのことです。道中で増える可能性が高いかと』
「そっか」
魔王討伐。
正直、実感がない。
怖いとも、楽しみだとも思わない。
ただ、何も感じない。
それが、一番怖いことなのかもしれない。
第3話「AIのソースが10年古い」
――了――
次回「人間味:残り78%」
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# キューピクルの異世界データベース
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## 〖今日の豆知識〗
「小説家になろう」における
「異世界転移」と「異世界転生」の投稿数。
実は、転生が転移を上回ったのは2020年のこと。
それまではずっと「転移」が多かった。
『転スラ』『無●転生』など
転生系の大ヒット作が多いイメージだが、
ジャンルとしての逆転は意外と最近なのだ。
## 〖補足〗
キューピクルのデータベースは2014年頃で止まっているため、
この逆転現象を知らない。
だから「異世界転移」のテンプレばかり参照してしまう。
## 〖キューピクルの統計の信頼度〗
★☆☆☆☆(今回、正直に「わからない」と言えたので+0.5)
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次回もお楽しみに♪




