第2話「騎士団長の愛が重すぎる件」
異世界に来て、まだ半日も経ってない。
私は馬車に揺られていた。
隣には、さっき呪文で オト とした騎士団長。
「ああ、マコ殿……」
「は、はい…」
「その瞳は、夜空に浮かぶ二つの月のようだ……」
「あ、ありがとうございます……?」
「その髪は、黄金の麦畑を渡る風のようだ……」
「いや私、黒髪なんですけど」
「黒髪の黄金だ」
「意味わかんない」
騎士団長の名は、レオンハルト。
この国の騎士団を束ねる、いわゆる「偉い人」らしい。(わりとよく聞く名前)
年齢は20代後半くらい。彫りの深い顔立ちに、鍛え抜かれた体躯。金色の髪をオールバックにまとめ、碧い瞳が印象的な――まあ、客観的に見ればイケメンだ。
イケメンなんだけど。
「マコ殿、手を」
「え」
「手を握らせてほしい」
「いやちょっと」
「頼む。そうしないと、私は息ができない」
「大げさすぎる!!」
『マコ様、騎士団長の好感度は現在もMAXを維持しています。素晴らしい攻略状況です』
キューピクルが私の肩の上でホログラムのグラフを表示している。
「ねえキューピクル」
『はい?』
「これ、いつまで続くの…」
『効果時間は対象の精神力に依存します。レオンハルト様の場合、推定……72時間から1週間程度かと』
「長い!!」
『ご安心ください。統計データによると、好感度MAXの状態が72時間以上継続した場合、43.2%の確率で「本当の恋」に発展します』
「いや発展しなくていい!!」
そもそも私には翔くんがいるのだ。
……いや、「いる」っていうか、一方的に片思いしてるだけなんだけど…さ。
「マコ殿」
レオンハルトが真剣な顔で私を見つめてきた。
「私は、これまで恋というものを知らなかった」
「はあ」
「剣に生き、国に仕え、それだけが私の人生だった」
「なるほど」
「だが、そなたに出会って変わった。胸が熱い。頭がぼんやりする。そなたのことしか考えられない」
それ、呪文のせいだから。
100%呪文のせいだから…
「これが恋か……」
「違うと思う」
「いや、恋だ」
「いえ違う」
「恋だ」
「だから違うって」
『マコ様、ここは流れに身を任せることをお勧めします。ソースは『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪●令嬢に転生してしまった…』です。攻略対象との信頼関係構築は、序盤では非常に重要――』
「お前が恋愛語るな!」
『え!?』
「いや関係ないけど。なんか関係ないけど、ゴメン…」
キューピクルがメガネの奥でしょんぼりした。
ホログラムなのにしょんぼりできるんだ。
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馬車が止まった。
外に出ると、目の前には巨大な城がそびえていた。
白い石造り。尖塔がいくつも天を突いている。旗がはためき、兵士たちが行き交っている。
「ここは……」
「ヴァルハイム城だ。この国の中心であり、私の職場でもある」
レオンハルトが誇らしげに言った。
『検索完了。ヴァルハイム、北欧神話の「ヴァルハラ」が語源と推定されます。なろう作品における城の命名パターンとして、北欧神話由来は全体の23.7%を占めており――』
「聞いてない」
『……はい』
城門をくぐり、長い廊下を歩く。
すれ違う人々が、私とレオンハルトを見てひそひそ話している。
「あれは……団長?」
「誰だあの娘は。ずいぶんと、変な格好をしておるが?」
「おおっ!団長が女性を連れているぞ。しかも手を繋ごうとしている」
「んっ、断られているぞ」
「3回断られたぞ」
「5回だ」
「いや、7回だ」
カウントするなっ!
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通されたのは、豪華な客室だった。
天蓋付きのベッド。暖炉。窓からは城下町が一望できる。
「ここで休んでくれ。何か必要なものがあれば、すぐに持ってこさせる」
「あ、ありがとうございます……」
「礼には及ばない」
レオンハルトは、そこで一度言葉を切った。
「……マコ殿」
「はい」
「そなたは一体、何者なのだ」
その目から、恋の熱がすっと引いた。
騎士団長の目だった。
「あの草原に突然現れた。見たことのない衣服。見たことのない言葉遣い。そして――あの不思議な力」
呪文のことだ。
バレてる。当然か。目の前で使ったんだから。
「そなたは、何者だ」
どう答えればいい。
「異世界から来ました」なんて言って信じてもらえるのか。
『マコ様』
キューピクルが小声で囁く。
『ここは正直に話すことをお勧めします。統計データによると、異世界転移者が身分を隠した場合、67.8%の確率で後々バレて信頼を失います。逆に、最初から正直に話した場合、58.4%の確率で「面白い奴だ」と受け入れられます』
「その数字、信用していいの」
『……雰囲気です』
「やっぱり…」
でも、まあ。
隠し通せる気もしないし。
「……信じてもらえるかわかりませんけど」
私は深呼吸した。
「私は、別の世界から来ました。『異世界転移』っていうらしいです。元の世界で事故に遭って、気づいたらあの草原にいて。さっきの力は、『オストキメトキス』っていう呪文で……その、対象をときめかせる効果があるらしくて……」
レオンハルトは黙って聞いていた。
しばらくの沈黙。
「……つまり」
「はい」
「私がお前に感じているこの気持ちは」
「……呪文の、力、です」
言ってしまった。
レオンハルトの表情が、固まった。
「…………」
「あの、すみません、騙すつもりはなかったんですけど、あの状況で他に方法が思いつかなくて――」
「なるほど」
レオンハルトが、静かに言った。
「呪文の効果か」
「……はい」
「では、この胸の高鳴りも」
「……はい」
「お前を見ていると息ができなくなる感覚も」
「……ええ」
「全て、呪文のせいだと」
「……はい」
レオンハルトは、深く息を吐いた。
そして。
「だとしても」
「えっ!?」
「私はお前を守る」
「えええええ!!」
『おお、これは予想外の展開です。統計データでは、呪文効果だと判明した場合、87.3%の対象が「騙された!」と怒り出すパターンなのですが――』
「うるさいぞ、光る小人」
レオンハルトがキューピクルを睨んだ。
キューピクルがビクッとして私の後ろに隠れた。ホログラムのくせに。
「呪文だろうが何だろうが、この気持ちは本物だ。少なくとも今の私にとっては」
「いや、でも……」
「それに、お前は異世界から来たのだろう。右も左もわからぬこの世界で、一人で生きていけるのか」
「……」
「私が守る。私が導く。お前がこの世界に慣れるまで、いや、この世界を去る方法が見つかるまで」
レオンハルトは、まっすぐ私を見た。
「それが、お前に一目惚れした男の責任だ」
「いや一目惚れじゃなくて呪文……」
「一目惚れだ」
「だから呪文……」
「一目惚れだ!」
押し切られた。
『マコ様、レオンハルト様の好感度、MAX継続中です。むしろ上がっている気がします』
「MAXより上があるの!?」
『前例のない数値です。論文が書けます』
「書かなくていい!!」
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その夜。
私は与えられた部屋のベッドに横たわっていた。
天蓋から垂れる薄いカーテン越しに、二つの月が見える。
「……異世界、か」
まだ実感がない。
朝は普通に学校に行って、翔くんに告白未遂して、猫を助けて――
「翔くん……」
ふと、翔くんの顔を思い出そうとした。
……あれ。
思い出せる。ちゃんと思い出せる。
サラサラの黒髪。優しい瞳。完璧な横顔。
でも、なんだろう。
朝見た時より、少しだけ。
輪郭がぼやけている気がする。
胸の奥の甘さが、炭酸みたいに抜けた気がした。
「……気のせい、だよね」
『マコ様、お休みですか?』
キューピクルが枕元に浮かんでいる。
「……ねえ、キューピクル」
『はい』
「私、元の世界に帰れるのかな」
『統計データによると、異世界転移者が元の世界に帰還できる確率は――』
「いい。やっぱ、聞きたくない」
『……はい』
沈黙が流れた。
「……ねえ」
『はい』
「明日から、どうすればいいと思う」
『そうですね……』
キューピクルが、珍しく真面目な顔で考え込んだ。
『まずは情報収集をお勧めします。この世界のことを知る必要があります。それから……』
「それから?」
『レオンハルト様から聞いた話によると、この国は現在「魔王」の脅威にさらされているそうです』
「魔王?」
『はい。統計データによると、異世界ファンタジーの93.7%に魔王または類似の存在が登場します。そして、転移者の64.2%が最終的に魔王討伐に関わることになります』
「……つまり」
『マコ様も、その流れに巻き込まれる可能性が高いかと』
魔王。
討伐。
いやいやいや。
私はただの女子高生だ。告白もできない、陰キャの。
「……無理でしょ」
『マコ様には「オストキメトキス」があります。敵対者を味方にできる、チート級の能力です。統計データによると、好感度操作系能力を持つ主人公の魔王討伐成功率は――』
「だからその統計、信用できないんでしょ」
『……はい』
キューピクルがしょんぼりした。
2回目だ。
「……まあいいや。明日考えよう」
『はい。おやすみなさい、マコ様』
「おやすみ」
目を閉じる。
異世界の夜は、不思議と静かだった。
虫の声。風の音。遠くで鳴く、名前も知らない鳥の声。
明日から、どうなるんだろう。
帰れるのかな、元の世界に。
翔くんに、会えるのかな。
考えているうちに、意識が遠のいていく。
――夢の中で、翔くんが笑っていた。
でも、その声は聞こえなかった。
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翌朝。
「マコ殿! 朝食の用意ができた!」
ドアを蹴破る勢いでレオンハルトが入ってきた。
「一緒に食べよう!」
「お願いだから。ノックして!!」
異世界生活2日目。
波乱の予感しかしない。
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第2話「騎士団長の愛が重すぎる件」
――了――
次回「AIのソースが10年古い」
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# キューピクルの異世界データベース
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## 〖今日の豆知識〗
「小説家になろう」の総作品数は約124万作品。
そのうち「異世界転生」「異世界転移」タグの作品は
推定30万作品以上と言われている。
つまりキューピクルが「数万作品を分析」と言っても、
全体の10分の1以下しかカバーできていない。
道理で統計が当てにならないわけだ。
## 〖補足〗
「魔王討伐」がストーリーに含まれる作品は非常に多いが、
近年は「スローライフ」「日常系」も人気急上昇中。
マコがどちらのルートに進むかは……お楽しみに。
## 〖キューピクルの統計の信頼度〗
★★☆☆☆(相変わらず)
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次回もお楽しみに♪




