第11話「自己暗示の魔法」
魔王城が崩れた翌朝。
私たちは、近くの丘の上にいた。
「それで、帰る方法は」
魔王が、私を見た。
「ある。一つだけ」
「一つだけ?」
「お前がこの世界に来た時、『穴』が開いた。その穴は、まだ完全には閉じていない」
「じゃあ、その穴を通れば……」
「帰れる。ただし、穴は小さくなっている。通れるのは、お前一人だけだ」
一人。
レオンハルトも、エレナも、連れて帰れない。
当然、魔王も。
「……そっか」
「寂しそうだな」
「寂しくないよ。21%しかないから」
「嘘をつくな」
魔王が、私の頭を軽く小突いた。
「21%でも、寂しいと感じることはできる。俺は10%未満でも、孤独を感じていた」
「……そうだね」
「正直に言え。寂しいか」
「……うん。寂しい」
言えた。
21%でも、本心は言える。
キューピクルがいたら、「マコ様、正直になりましたね」って言ったかもしれない。
でも、キューピクルはいない。
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「マコ殿」
レオンハルトが、私の前に立った。
「帰るのだな」
「うん。帰らなきゃ」
「……寂しくなるな」
「団長も正直になったね」
「お前に影響されたのかもしれん」
レオンハルトが、笑った。
いつもの堂々とした笑顔じゃなくて、少し寂しそうな笑顔だった。
「マコ殿、一つだけ聞いてもいいか」
「何」
「私への気持ちは、本物だったのか」
呪文で落としたはずの相手に、そう聞かれた。
私は、少し考えた。
「……わかんない」
「わからない、か」
「うん。呪文で始まった気持ちだから、どこまでが本物で、どこからが偽物か、わかんない」
「そうか」
「でも、一つだけわかることがある」
私は、レオンハルトを見た。
「今、別れるのが寂しいと思ってる。それは、本物だと思う」
レオンハルトが、目を見開いた。
そして、嬉しそうに笑った。
「……それで十分だ」
「いいの?」
「ああ。お前が『寂しい』と思ってくれるなら、それだけで、私は幸せだ」
レオンハルトが、私の手を取った。
「マコ殿。元の世界に帰っても、幸せになれ」
「……うん」
「お前が好きだった者に、ちゃんと想いを伝えろ」
「……うん」
「私は、お前のことを忘れない。ずっと、覚えている」
「……ありがとう」
レオンハルトが、私の手を離した。
そして、一歩下がって、騎士の礼をした。
「さらばだ、マコ殿。お前との旅は、私の誇りだ」
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「マコ」
エレナが、私の前に立った。
「帰るのか」
「うん」
「そうか」
エレナは、何も言わなかった。
ただ、私を見つめていた。
「……エレナ?」
「何だ」
「何か、言いたいことない?」
「……ある」
「じゃあ、言って」
「言えない」
「なんで」
「言ったら、お前を帰したくなくなるからだ」
エレナが、目を逸らした。
耳が、少し赤くなっていた。
「私は、お前のことが好きだ。呪文のせいかもしれない。でも、今はそんなこと、どうでもいい」
「エレナ……」
「お前が幸せなら、それでいい。お前が元の世界で、好きな人と一緒にいられるなら、それでいい」
エレナが、私を見た。
「だから、帰れ。そして、幸せになれ」
「……うん」
「泣くなよ」
「泣いてないよ。21%だから」
「嘘つけ。目が赤いぞ」
「……そう?」
私は、目を擦った。
涙は出ていない。
でも、目の奥が熱かった。
「……ありがとう、エレナ」
「礼を言うな。私は、自分のために言っただけだ」
「うん。でも、ありがとう」
エレナが、ふっと笑った。
「……お前、本当に変な奴だな」
「4回目」
「は?」
「魔王にも3回言われた」
「魔王と一緒にするな」
「同じこと言ってるじゃん」
「……うるさい」
エレナが、私を抱きしめた。
強く。短く。
そして、すぐに離れた。
「さよならだ、マコ」
「うん。さよなら、エレナ」
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魔王が、私を穴の前に連れてきた。
空間に、小さな裂け目がある。
私が来た時に開いた穴。
「ここだ」
「……小さいね」
「ああ。でも、お前なら通れる」
魔王が、私を見た。
「……行くのか」
「うん」
「そうか」
魔王は、何も言わなかった。
ただ、私を見つめていた。
「……ねえ、魔王」
「何だ」
「名前、教えてよ」
「名前?」
「うん。『魔王』じゃなくて、本当の名前」
魔王が、少し驚いた顔をした。
「……忘れた」
「忘れたの?」
「ああ。何百年も『魔王』と呼ばれていたから、本当の名前なんて、とっくに忘れた」
「……そっか」
「でも、お前が呼んでくれるなら、新しい名前をつけてもいい」
「私が?」
「ああ。お前が俺を救ってくれた。なら、お前が名前をつける権利がある」
私は、魔王を見た。
翔くんに似た顔。
でも、もう「翔くん」とは違う。
この人は、この人だ。
「……じゃあ、『ユウ』」
「ユウ?」
「うん。『優しい』の『優』。あなた、優しいから」
魔王が……ユウが、目を見開いた。
「俺が……優しい?」
「うん。だって、自分が消えそうなのに、私のこと心配してくれたでしょ。それ、優しいよ」
「……」
「あと、『友』の『ユウ』でもある。友達って意味」
「友達……」
「うん。私たち、友達でしょ?」
ユウが、黙った。
長い沈黙。
そして、小さく笑った。
「……ああ。友達だな」
「うん」
「ありがとう、マコ」
「どういたしまして、ユウ」
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穴の前に立った。
振り返ると、レオンハルト、エレナ、ユウが見えた。
三人が、私を見送っている。
「……行ってくるね」
「ああ」
「うん」
「行ってこい」
私は、穴に手を伸ばした。
でも、一瞬、躊躇した。
『マコ様、どうしたんですか』
キューピクルの声が聞こえた気がした。
もちろん、幻聴だ。
キューピクルは、もういない。
でも、心の中で、キューピクルの声が聞こえる。
『帰るんでしょう? 翔くんに会うんでしょう?』
「……うん」
『なら、行ってください。私の分まで』
「……うん」
『マコ様』
「何」
『告白、頑張ってくださいね』
「……うん。頑張る」
私は、深呼吸した。
そして、穴に飛び込んだ。
---
光に包まれた。
体が浮いている感覚。
どこにいるのか、わからない。
ただ、光の中を漂っている。
その時、声が聞こえた。
『マコ様』
キューピクルの声だ。
「……キューピクル?」
『はい。……いえ、正確には、キューピクルの残滓です』
「残滓……」
『私は消滅しました。でも、"オストキメトキス"で結ばれた情報だけが、マコ様の中にキャッシュとして残っています』
「キャッシュ……」
『魂じゃなくて、記憶の残響です。だから、今だけ、お話しできます。次元の狭間にいる、今だけ』
「キューピクル……」
『マコ様、一つだけ、お願いがあります』
「何」
『自分を、好きになってください』
「自分を……?」
『マコ様は、ずっと自分のことが嫌いでした。陰キャで、告白もできなくて、「大丈夫」って嘘をついて。そんな自分が、嫌いでした』
「……うん」
『でも、私は、そんなマコ様が好きでした。不器用で、一生懸命で、優しいマコ様が、大好きでした』
「……キューピクル」
『だから、マコ様も、自分を好きになってください。翔くんを好きになる前に、まず、自分を好きになってください』
「自分を……」
『呪文を使ってください。「オストキメトキス」を。自分自身に』
「自分自身に……?」
『自己暗示です。自分を好きになる暗示。それが、マコ様に必要な最後の魔法です』
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自分を好きになる。
自分自身に、呪文をかける。
そんなこと、できるのか。
でも、キューピクルが言っている。
キューピクルの最後のお願いだ。
「……やってみる」
『はい』
「でも、怖い」
『怖くていいです。怖くても、やるんです』
「……うん」
私は、目を閉じた。
自分のことを、考える。
陰キャの甲賀魔子。
17歳。女。
好きな人に告白できない。
「大丈夫」って嘘をつく。
感情パラメータ21%。
……最悪だ。
こんな自分、好きになれるわけがない。
『マコ様』
「……何」
『そんな自分でも、いいんです。完璧じゃなくても、いいんです』
「でも……」
『マコ様は、魔王を救いました。レオンハルト様とエレナ様を笑わせました。私を、最後まで大切にしてくれました』
「……」
『それは、すごいことです。21%の感情で、それができるマコ様は、すごいです』
「すごく……ないよ」
『すごいです。私が、保証します』
キューピクルの声が、優しかった。
『だから、マコ様。自分を、許してあげてください。好きになってあげてください』
「……」
『翔くんを好きな自分を、肯定してあげてください』
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私は、深呼吸した。
そして、呪文を唱えた。
「オストキメトキス」
光が、私を包んだ。
でも、今までと違う。
誰かに向けた光じゃない。
自分自身に向けた光だ。
「私は……」
言葉が、出てくる。
「私は、私を好きになる」
心の中で、何かが動いた。
「翔くんを好きな私を、肯定する」
温かい。
体が、温かい。
「告白できなかった私を、許す」
涙が、出てきた。
21%の感情で、涙が出た。
「『大丈夫』って嘘をついた私を、許す」
もっと涙が出る。
「キューピクルを守れなかった私を、許す」
止まらない。
「レオンハルトとエレナを置いてきた私を、許す」
嗚咽が漏れる。
「ユウを一人にした私を、許す」
泣いている。
21%の感情で、こんなに泣けるなんて、知らなかった。
「私は……私は……」
『マコ様、あと少しです』
「私は、私でいい」
光が、弾けた。
「私は、私が、好きだ……!」
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気がついたら、私は地面に倒れていた。
硬い地面。
コンクリートの匂い。
空を見上げると、月が一つだけ浮かんでいた。
一つ。
二つじゃない。
「……帰ってきた」
ここは、元の世界だ。
私が、翔くんを好きになった世界だ。
立ち上がる。
体が、軽い。
さっきより、ずっと軽い。
「……あれ」
自分の体を見る。
何かが違う。
わからない。
でも、何かが違う。
その時、声が聞こえた。
『マコ様、感情パラメータを報告します』
幻聴だ。
キューピクルはいない。
でも、声が聞こえる。
『総合:43%。自己肯定感の上昇により、一部回復しました』
「43%……」
21%から、43%に。
倍近く、回復している。
『自己暗示の魔法、成功です。おめでとうございます、マコ様』
「……キューピクル」
『はい』
「ありがとう」
『どういたしまして』
声が、消えていく。
『では、私はこれで。……本当に、さようならです』
「待って……」
『大丈夫です。マコ様なら、できます。私は、ずっとマコ様を信じています』
「キューピクル……!」
『さようなら、マコ様。……大好きでした』
声が、完全に消えた。
もう、聞こえない。
「……さようなら、キューピクル」
私は、空を見上げた。
月が、一つだけ輝いている。
「……大好きだったよ」
今度は、ちゃんと言えた。
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私は、自分のスマホを取り出した。
異世界にいる間、ずっとポケットに入っていたスマホ。
電源を入れる。
日付を確認する。
……私がいなくなった日の、翌日だった。
異世界で8日間過ごしたのに、こっちでは1日しか経っていない。
「……時間の流れ、違うんだ」
なろう系あるあるだ。
キューピクルがいたら、「統計データによると、異世界と現実世界の時間比率は……」とか言っただろう。
でも、キューピクルはいない。
私は、スマホの画面を見つめた。
連絡先を開く。
「飛田翔」の名前がある。
クラスの連絡網で、番号だけは知っていた。
一度も、メッセージを送ったことはない。
「……」
私は、深呼吸した。
43%の感情。
半分以下。
でも、足りる。
今の私なら、足りる。
メッセージを打つ。
『明日、放課後、話したいことがあります。屋上に来てください』
送信ボタンを押す。
指が震えた。
でも、押せた。
「……やった」
たった一行のメッセージ。
でも、私には、それが精一杯だった。
スマホを握りしめたまま、深呼吸する。
その時。
画面が光った。
既読(1)
心臓が、跳ねた。
返信は、まだない。
でも、翔くんが見た。
私のメッセージを、翔くんが見た。
「……」
震える手で、スマホをポケットにしまった。
15文字の告白は、明日。
明日、翔くんに会って、ちゃんと言う。
「好きです」って。
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**第11話「自己暗示の魔法」**
**――了――**
**最終話「名前のない温かさ」**
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## キューピクルの異世界データベース
### 【今日の豆知識】
「自己肯定感」という言葉が日本で広まったのは、
2010年代後半からと言われている。
自分を好きになることは、誰かを好きになることより、
ずっと難しい。
でも、マコ様はやり遂げた。
### 【補足】
これが、最後の豆知識です。
キューピクルは、もういません。
でも、マコ様の中に、ずっといます。
### 【キューピクルの統計の信頼度】
★★★★★(最後まで、マコ様を信じていました)
### 【今日のパラメータ】
- 人間味 :43%(21%→43% ↑回復)
- 愛情 :35%(15%→35% ↑回復)
- 伝達欲求 :38%(12%→38% ↑回復)
- 自己保存 :29%(8%→29% ↑回復)
- 自己肯定 :51%(NEW・MAX更新)
- 次回予測 :告白
……頑張ってください、マコ




