再び、メッセージが届く夜
東京に引っ越してから音信不通だった彼女から、突然メッセージが届く。
冗談半分に送った「東京に引っ越しましたか?」への返信から、焼肉に行くことになり、二人は再会する。
まだ恋心ではなく、ただ「また会いたい」という小さな感情が芽生える──。
東京に引っ越してから、彼女からの連絡はなかった。
スマホの画面を開いても、最後に並んだ「ありがとう」の文字がそのまま残っている。
冬が終わり、春が訪れ始めた三月
あの冬の朝の匂いは、忙しさの中で少しずつ輪郭を失っていった。
その夜、いつものようにひとりでコンビニまで歩いていた。
街路樹の影が長く伸びて、ネオンの光が舗道に反射している。
スーツのポケットの中のスマホが震えた。
見慣れた名前が画面に浮かぶ。
──「今、中野ですよ」
何の前触れもない短いメッセージだった。
指先が止まる。
胸の奥で、あの冬の朝の匂いがふっとよみがえる。
冗談半分に送った「東京に引っ越しましたか?」への返信だった。
しばらく画面を見つめて、親指を動かす。
──「今度、焼肉行かない?」
──「行きたい」
短いやり取り。それだけで、身体のどこかが温かくなった。
週末、予約した小さな焼肉店。
店の外の提灯の赤い光、換気扇から漏れるタレの匂い、低い天井に吊るされた電球のオレンジ色の明かり。
彼女は変わらない姿で現れた。
髪をひとつに束ね、あの冬より少し大人びた顔。
笑ったときに、目尻に小さなシワが寄るようになっていた。
最初の一瞬、言葉が出なかった。
懐かしいのに、知らない人に会ったみたいだった。
「元気そうだね」
「そっちこそ」
乾杯のグラスが小さく触れ合う。
最初は近況の話、就職先のこと、東京の生活のこと。
彼はただ聞いて、相づちを打つ。
あの冬の朝の封筒の話には、触れない。
肉を焼きながら、彼女はふと笑った。
「こういうの、久しぶり」
「俺も」
煙の向こうで、目が合う。
その瞬間、胸の奥に小さなざわめきが走る。
煙に混じるタレの匂いと、あの人の香りが混ざり合って、頭の奥が熱くなる。
何かが静かに動き出している気がする。
まだ名前を持たない予感。
これが続くのか、それとも一度きりか。
確かめることはせず、二人はただ「また飲みましょう」とだけ言って別れた。
駅までの道。
街の明かりは白く滲んで、頬に夜風があたる。
ポケットのスマホの重みが、あの冬と同じように感じられた。
指先の奥に、冬の朝の温度がゆっくり戻ってくる。
それは懐かしさと同じくらい、戸惑いと期待の匂いをしていた。
再会の夜のあと、二人の距離は少しずつ変わり始める。
電話、メッセージ、仕事の愚痴、笑い声。
まだ名前を持たない関係が、ゆっくりと形を帯びていく。
そしてある日、彼女の口から初めて「本音」がこぼれる──。