095 紫苑
青紫に灰色の混ざった、小さく控えめな花たちが、風に揺れる。少し開花の時期は過ぎてしまったな、と思いつつ花を掻き分けて進んだ。
後ろの二人は僕に遠慮でもしているのか、すぐにはついてこない。
到着が遅かったから、遠くの空はやや赤くなってきている。
帰る頃にはきっと、星が輝くんだろう。
さく、と草を踏む。
貴女は何時だって、割くように糸を遣ったね。まるで指揮をするかのように優雅な動きだった。
僕と貴女を裂いたのは例の小僧だ。僕はどうしようもなくあの小僧が嫌いだったけれど——つい最近、奴を許してきたつもりだよ。
それから、——いつも、貴女の笑顔は花が咲くほど奇麗だった。
もしも今、僕が語りかけたら。
貴女はその笑顔を、咲かせてくれるのかな?
僕はずっと、貴女の笑顔が好きだ。
紫の花が揺れた。
貴女は何時だって僕の心の一番大切なところに居て。でもそのことに僕は気付けず、貴女が居なくなった後にようやく気付いたんだ。
僕の幸せを願う、だなんて詭弁を貴女は言ったけれど、貴女が居るというただそれだけが僕の幸せだったなんて、貴女は知らないんだろうね。
知って居ても、貴女はそうは居られなかったのかな。
僕らが人殺しだから、幸せになれなかったのかな。
二人一緒に幸せになれたら、なんていうのは都合がよすぎる欲望なのかもね。
商店街で買った赤いゼラニウム。地球から輸入したというこの花は、貴女の鮮烈なイメージにぴったりだ。僕の脳裏に焼き付いて離れない、病的な鮮やかさによく似あう。
貴女だったら、こんなに静かなところに何て居たくなかったと言いそうだ。
風だけが吹く、廃墟となった古城の近くの高台、誰も来ないような静かで淋しい場所。
貴女はだって、賑やかで楽しいことが好きだ。戦い方だっていつも派手で、慎ましやかなんて言葉は全然知らない人だった。その戦い方が僕に継承されているのかどうかは知る由もないけれど、ともかく僕は貴女からたくさんのことを学んだ。
別れを惜しむ暇もないほど、あっという間に行ってしまったよね。
少し遅くなったけれど、弟子を連れてきたよ。
寂しかったかな。ごめんね。
花の匂いが鼻をくすぐる中、少し苔の生えた灰色の石の前に膝をつく。
「久しぶり、リゼ」
即席の墓石に刻まれた僕の字。この字は、リゼ——貴女が教えてくれたんだったよね。
あれから十年は経った。その間一度もここには来なかった。
もしも貴女が生きていたら怒りそうだ。貴女はああ見えて実は淋しがり屋だから。
目を閉じた。手を合わせる。
「奇麗なところですね」
「よくこんなところがあったな」
少し遅れて追いついた二人が、僕の後ろに立つ気配がする。
「静かすぎたかもね。ここはどこか淋しい」
目を閉じたまま、貴女の面影を追いかける。ともすれば薄れて消えてしまいそうな影を捜す。
「師匠が死んだら、ここに埋めてあげましょうね」
「それが良いかもな」
まだ死ぬつもりはないよ、なんて返事をした。
「そうですか」
僕はここが好きです、なんてコリンは座り込んだ。
「気持ちが落ち着きますね」
「ああ。何だか眠くなる」
ソードに関しては寝っ転がりやがる。貴女が居たらなんて言うだろう。
「リゼ」
僕は、今きっと幸せだ。
貴女の居ない幸せを、感じている。
きっとこれからも、幸せは貴女の居ない形で増えていく。
それでも、貴女と居た時間が紛れもなく幸せだったことに間違いはないから。
僕に幸せを教えてくれてありがとう。
僕の最初の幸せは、貴女と出会ったことだよ。
僕が貴女の弟子で良かった。貴女も僕で良かったでしょう?
僕を裁縫糸にしてくれてありがとう。
僕は貴女が大好きだ。
また来るね。