071 幸せな安寧
本当にどうしてこうなるんだ。
迎えに来た馬鹿弟子が紹介してくれた本の前で、頭を抱えて溜息を吐く。
『あの星を統べている四神』なんて言うのは、こちらの世界でも同様に信仰されている四柱の神のことを指すのだろう。
火の神、レナ。
水の神、フィオリナ。
風の神、ラルロック。
土の神、ミリオーネ。
この世界の『魔術』も同時に司るという、大いなる神たち。
図書館の主は、そんな気違いな方々に逆らうことを強要しているのだ。
ほんと無理。
「どうしましたか、師匠。まさか文字が読めませんか」
「読める。そうじゃねーよ。——なあコリン。お前、誰かにどうしても無理なお願いを強要されたことってあるか」
「そんなの幾度もありますよ……と言うか、その大半が師匠なのですけれど。師匠、いちいち修行の時に意味の分からないお願いを言って来ましたよね」
「いや、それは僕にとっては解っているんだけど」
どれもリゼが僕に言ってきた修行の内容だし、彼女はその理由も説明してくれた。まあ、確かにコリンに向けての説明をサボったのは事実だけど。
「それですよ」
「は?」
「要は、お願いをした方の本人は何を願ったのか解っているんじゃないですか? そして、自分にはわかっていることだから、師匠には言葉足らずで伝わらなかった」
「そりゃまあ自分勝手な話だな」
「人と人なんてそんなものですよ。きちんと質問しあって理解しようとしなければ、わかり合えるものなんかではありません」
「じゃあやっぱり、本人に訊いた方が良いんだよなあ」
「それが一番でしょうね」
……。
三年たったら再び来い、だって。
それまで何もわからないままってことか。
「まあ、どれだけ不可能なお願いごとなのかは知りませんが。どう考えても難易度がとても高いようなことであれば、願った本人の方も恐縮するのではないですか」
「そうだよなあ」
「と言うことは、訊けばきっと教えてくれることでしょうし、しばらく待ってみてはいかがでしょう」
「うん、それがいいように思う」
何だかうまく誘導されている感じが否めないが、それでいいだろう。
「その件で一個言っておきたいことがあるんだけどさ」
「何ですか?」
「あと三年で、例の戦いに終止符ってできるか」
「大丈夫ですよ。僕らも元よりその予定です」
「それは良かった。実は、三年後にやらなきゃいけない仕事ができてさ」
「大変ですね、師匠」
他人事のように返された。手伝ってくれてもいいんだぞ、なんて水を向けても知らんぷりだ。ちっ。
「文字が読めないだろう、と言うのは些か失礼だったようですが。でも、王国育ちの師匠にはわかりづらい神話などもあるでしょう。そう言った場面については手助けしますよ、と言いたかったんです」
「じゃあ最初からそう言えよ、嫌味だなあ」
それは師匠が途中で遮るからです、なんて小憎らしいコリンの声を聴きながら、少しの間目を閉じる。
これほど心が落ち着くのは久しぶりだ。こうやって、弟子と他愛ない会話をしている時間と言うのは案外幸せなものだな。