067 出藍の誉れ
どうやら僕はあちらの王女様だけでなく、こちらの皇女様にも面会させていただくことができるようだ。もしかしたら二人ともに会ったことがある奴なんてそこそこいないんじゃないだろうか。これは胸が躍るなあ。
「絶対に楽しくなんてない癖に、虚言を吐かないでください。さっきから何度僕を殺そうとする気ですか」
「死んでねーんだからいいじゃねーか。ったく、どうしてお前らはそう面倒ごとをすぐ持ってくるかねえ」
もうよくわからねえから直近で言われたこと二つくらいに従うことにするぜ。
「師匠は学校を出ていませんからね。思考とか錯誤とかその辺があまり身についていないのでしょう」
「学校に通おうとしてたら事件だぜ」
「そうかもしれません」
救急搬送車が大量発生ってことになるな。転校初日で転校先のクラスが血の海とか、永遠に語り継がれるぞ。
「師匠のことだから、ノリノリで担任の頭を振り回したりとかしてそうですけど」
「お前は僕を何だと思ってるんだ」
それじゃただの狂人だろ。
「ふふ、できない想像でもありません」
できてもするな、そういうことは。
「承諾してくださってありがとうございます。すぐに呼びますね」
話が飛びやがる。
「呼ぶって、皇女様をか」
「もちろんです。ご都合は?」
「ご都合なんてねーよ、みりゃわかんだろ」
というかこうしたのはお前だろっつー話だ。
「いえいえ、昏倒させて入院させるというところまでは考えておりませんでしたよ。そもそも僕はあそこで倒れる予定ではありませんでしたし」
「じゃあ何だい、あの嬢ちゃんのアドリブか」
「その通りです。なかなか良い仕事をしてくれました」
「僕としては微妙なところだね」
「結構傷は深かったようですから、良かったのではないですか? 師匠一人だったら数日も経たずに死んでいますよ」
「それで訊きたかったんだ」
「何でしょう」
「あれからどれだけ経った?」
「二週間経たないくらいですね」
思ったよりは経っていなかった。咲家の小僧が既に起き上がっているくらいだからそんなものか。
「あなたという人は、僕以外の名前を覚える気がないのですか」
「覚える必要もないだろう。どうせすぐに死ぬんだ」
「……、あなたの寵愛をこの一身に頂戴している、と考えれば非常に喜ばしいことなのですがね。一介の弟子として言わせてもらうのならば、師匠が孤独すぎるのも困りものですよ」
「お前は友達とか多そうだものな」
「お陰様で。師匠があの時教えて下さらなければこうではありませんでした」
本当に、良く出来た弟子だよ。出藍の誉れってやつだ。
「しかし、師匠という人は昔から全く姿が変わりませんね。何か特別な方法でもあるのですか」
「遺伝と体質だ。あまり詮索することでもないだろう。どうしても聞きたいというのならば別に構わないが」
「いえ、独り言のようなものです、気にしないでください」
親の顔も名前も知らない。
ただ、二十六を数えるこの年まで生きてきて、自分の体の性質だとかその他のことはだんだんわかってきた。——知れば知るほど、厄介な体質だとわかった。
「いつかお話してみたいものですね、師匠の師匠と」
「僕の方はそんな邂逅を勘弁したいものだな。お前とリゼが会ったら百パーセント大変なことになる」
「師匠の話題で盛り上がりたいものです」
「他所でやってくれ」
「つれないことを言わないでください」
リゼ、という人物がすんなり話題に出てくるほど。僕の人生について深入りされるほど。
それほどまでに僕はこの少年に心を許していたのだな、と思う。目の前で微笑む金髪の少年を改めて見つめた。
この男を弟子にして良かったな、と思った。