065 お人好しの暗殺屋
「貴女は随分お人好しなんだな」
熱い。
「自分を殺そうとしている相手をあだ名で呼んでみたり、その相手が武器を封じようとしているところを見て安堵していたり」
指の端すらも動かない。
「まるで、怯えやその他、自分を守るためにあるはずの感情が存在していないかのようだ。その点に言及すると僕も耳が痛いところではあるが——近接戦に持ち込んだのが貴女の敗因だろうな。最初からあの距離で勝負してくれていれば、僕に勝ち目はなかった。僕もダーツがそれほどうまいわけではない」
馬鹿を言いやがって。
「おっと、済まないな。僕がここにいては、退却することもできないだろう。——そうだ、これは随分いらない心配かもしれないが、一応言っておこう。皇帝殿には貴女が皇国の味方をしていたことは言わないでおく」
「本当に……いらない心配だ」
リゼもこんな感じだったのかな。
「憎まれ口を叩けるようなら死なない。では」
その辺に倒れていた気配の薄い男をずるずると引きずって、ルーくんが向こうの方へ歩いていく。僕は座ることも背筋を伸ばすこともできずに、ルーくんに刺されたままの態勢でそれを見守っていた。
「失礼します」
耳慣れない声に振り返ると、さっきの刀使いのお嬢ちゃんが僕の肩に手をかけていた。
「何処かでお会いした覚えがございます」
「……」
例の孤児院じゃないのかい、と言おうとしたけれど血が咽喉に詰まった。
「私たちの拠点へ案内する、と言ったら許してくださいますか」
「僕を連れて行ってくれるのかい」
「僭越ながら。あなたのような方を招待するのはとても大それたことですが」
「ありがとう、お嬢ちゃん」
「一旦歩いていただいてよろしいですか」
「わかったよ。お嬢ちゃんじゃ僕を運べそうにないしね」
この状態を指して歩けそう、と言うのは少し見る目がないのではないか、と思わざるを得なくもないが、いまだ出血が止まっていないであろう咲家の小僧と、さっきの状態を見る限りかなり切迫した現状にあるコリンよりはましに見えるのも仕方がない。
「とりあえず、さっきのところまで行きましょう」
コリンがみっともなく地面に倒れている辺りまでは肩を貸してくれるらしい。
「実は助けを呼んであります。
「あなたにはユーリを——あちらの茶髪のです——に少しばかり手当てをしていただきたくて」
何故そういう流れになっちゃうんだ。
「すみません、仇という話でしたよね」
それがわかっていて頼むんだ、やっぱり少女は少し見る目がないようだ。
「構わない。簡単な止血だけしよう」
しかし、可愛い弟子の頼みであることに変わりはない。
「ありがとうございます」
……。
少女は心配してくれないものの、僕は結構痛いんだぞ、これ。
「裁縫絶技、第二番。大慈大悲、全身快癒」
咲家の受けた傷はこめかみの辺りの擦過傷と、左肩から脇腹にかけての袈裟懸けの傷。主に血が出ているのは袈裟懸けの方のようだった。擦過傷はどうしようもないので、切り傷の方をいい加減に縫い合わせてみせると、少女がまばらに手を叩いた。
「すごいものですね。あなたはお医者様になれますよ」
少女が言う。
「そうかもしれないね」
相槌を打ちながら、自分の方を治療する。
自分の傷というものは縫いづらい。それに、あまり体を動かすとカッターナイフの方が腹の中で蠢いて気持ちが悪い。
「どうか?」
お嬢ちゃんが立ち止まった僕を見る。
「いや、何でもない——やや気分がね」
「ああ……失礼します」
お嬢ちゃんが刀を鞘に填めたまま振り上げた。
「眠っていてください」
——暗転。
♰♰♰リゼのノートより♰♰♰
・絶技二番:大慈大悲、全身快癒
「縫合」。針と糸を使って全身の傷を縫い合わせる。これがあれば外科医に転職できる。