061 斡旋
「怪しんでいるのか?」
「少々。あなたほど大きな戦力ですと、動向が気になるもので」
「皇女様の知らないところで気を回すのはお前の役目ってわけか」
「ええ。夢物語を現実にしてやるのは年長者の役目でしょう?」
自らの身長くらいはあるだろう、巨大な鎌を持ち、刃の部分に足をかけたままに訊く。
「言っておくが、今の皇子様は僕に勝てないぜ」
「承知しております」
鎌使いというのは初めて見た。あんな柄が長くて刃も湾曲しているような武器、どうやって使うのだろう。
「慣れると使いやすいですよ。あなたのその武器もたいがい不思議です」
「慣れると使いやすいぜ」
「あなたという手駒は、僕に馴れる気はありますか?」
皇子様は確かに凡人よりは卓越した使い手のようだ。
それでも。
「僕は手駒じゃない」
人を殺したことはないようだ。
「そうですね。でも、盤上に載ったものであることに間違いはありません。賽は投げられたのです」
「投げたのはいったい誰なんだ」
「あなたも会ったことがあるでしょう」
「皇帝か」
うちの会社が実質買収されたという、御年六十二歳の、王国のトップ。
「この戦争は盤上の合戦なんですよ」
「机上の空論、と言いたいのか?」
「いいえ。智慧の合戦だと言いたいんです」
じゃあ僕の出る幕はないな。
「僕と皇帝の智慧比べです」
「王女様と皇女様じゃないのか」
「違います」
こちらの国での王女様の立場があれからどうなったのか、僕はよく知らない。ニュースなんて知らなくっても生きていける世界にいるもので、彼女の動向は全く分からない。
皇女様はと言えば、皇国の国民には、まるで神であるかのように崇め奉られているという。おまけに自分の率いる部隊からは妄信されて、まるで宝石であるかのように護られている。幸せな少女だこと。
「皇族の血が途絶えたところに、奇蹟のように降臨した少女なわけですからね。国民たちが縋って崇めるのもおかしくない」
そんな風に、同じく奇蹟のように舞い戻り、同じく尊敬されてもおかしくないはずの皇子様は他人事を語る口調で言う。
「その娘は、皇子様の妹か」
「ええ。とてもとても可愛い、たった一人のね」
あ、こいつもこういうタイプ!?
「それで?」
「手駒になって下さいませんか、と頼みたかったんです」
「……」
「お願いいたしてもよろしいですか?」
「……」
「この世界を変えてみたい」
「何をするんだ」
「二国間の争いをすべて調停します」
「馬鹿を言うなよ。両星間、どれだけの場所で争いが起こっているか知っているのか」
「馬鹿を言っているんです。あなたほど力がある人が味方になれば、協力は強力になるでしょう」
けれどな。
「——僕の会社は、アトラスに付くことを決めた」
「そうですか」
幸谷斡旋社とセント・ルカ・フィアー。
どちらが大きい力を持っているのか、なんて言うのははっきりしている。斡旋社の人間が全員まとめてかかってきたら、僕であっても裁ききれる自信はない。
「僕は最近面倒ごとばかりなんだよ」
「そうですか」
「今日だって、誰かさんと誰かさんの板挟みになっている」
「それは大変ですねえ」
「でも僕は、弟子を採っているんだよ」
「存じ上げております」
「師匠って言うのは、弟子に背中を見せるものだと言うね」
「そうとも言いますね」
「重荷を背負って背負って背負って背負い込んで、それでも倒れずに向き合って乗り越えるような師匠がいたとしたのなら、それは弟子に大きな感動を与えると思わないか?」
「あるいは」
「頼みを引き受けよう」
「有難う御座います」
頭を低く下げた皇子様の首筋に、糸を巻き付けて囁く。
「幸谷殺羅に斡旋した仕事だということを常に忘れるな。我が誇りを傷つけた時にはそれ相応の報いを期待しろ」