004 物語の始まり
そこまで考えて、恐ろしくなってやめた。
口をつぐんだのを怪しんだのか、こちらを覗き込んでくる。
「どうしたの?」
「殺すのって、悪いこと?」
「どうだろうね。場合によるとか、時によるって人もいるけど」
「でも、僕らは嫌われ者だ」
「エリーさ、スズメバチは好き?」
「好きじゃない」
「じゃあ野生の熊は?」
「好きじゃない」
「まあ、エリーは全部好きじゃないかもしれないけどさ。自分を殺すかもしれないもののこと、好きになんてなれないだろ?」
「そうだね」
笑みを浮かべるその人を見上げる。僕は。
この人を好きになっていいのかな。
「好きとか、楽しいとか、嬉しいとか、いろいろあるし、わからないかもだけど、これからわかればいいよ。それがわかったら、生きてるのって楽しいよ、死んでるのよりかは、きっと」
死ぬとか、生きるとか。よく考えたことも思い浮かべたこともない僕にとっては、その言葉がとっても怪しく聞こえた。でも、その人について行くしかないから、殺されないよう努力しよう、と思った。
「あのさ、名前は?」
「ああ、僕の名前?」
そこでまた、笑み。
「エリザベート。リゼって、呼んでほしい」
奇遇にも、僕と愛称が同じ名前。親近感なんて持つわけもなかったけれど、それはリゼもそうなわけではなかったようで。
「似た、名前だよね」
僕に感情はわからなかったけど、その人の顔に浮かんだ表情が、喜びに近い色だったことはわかった。
「嬉しい?」
「嬉しいよ。自分の弟子が、奇遇にも自分と似た名前なんて」
「……師匠って呼んだ方がいい?」
「僕はリゼの方がいいかな。僕は、弟子君って呼んだ方がいい?」
「エリー、でいいよ」
交流とも呼べないような馴れ合い。付き合い始めの恋人たちの甘くて取り繕ったような会話と同じ。でもこの人とのその関係性の欠点は、それがいつまでも続くこと。
要は、リゼは精神が子供のまま、悪い意味で大人になってしまったわけだから、いつまで経っても夢想から抜け出せなくて、その結果、物語みたいな会話を求めた。僕も僕で、人間のリアルな会話を知らないから、それを否定することもしなかった。
そんな物語の結末はありきたりに、ハッピーエンドだっていうお話。