048 皇帝の命令
「アトラス」
情報収集には一年ほどかかっただろうか。メイドさんたちとも顔馴染みになって、最近は食べ物の好みまで覚えられてきたのだが、そんな矢先に皇帝からの呼び出しを食らった。
「あの娘は今年の十二月で一〇歳になる」
「だから何だい」
「そろそろやってくれんか」
「訊いておこうか。今は何年で、お前は何歳だ」
前に会った時よりもずいぶん老け込んだように見える皇帝は、それでも王者の風格を崩さないままに言った。
「今年は王国暦一〇一一年、そして俺は今年で五七歳になる」
五七か。僕の三倍近い年齢だ。
「じゃあ、早い方が良いんだろうね。お前が元気な頭で見届けられる年月もそう長くはないだろう」
「俺を年寄りのように言うな」
「僕に比べればはるかにそうだろう」
「ふん、確かにな」
「じゃあ、いつか王女様を僕の部屋に呼んでよ。そしたら、手伝ってあげるからさあ」
「承知した。いつでもわが愛娘を迎えられるよう準備しておけ」
「ってことなんだけど、皇子様」
「そうですか。まあ、遅かれ早かれ来るとは存じていましたよ」
「僕もだよ」
「では、認識のすり合わせを行いましょうか。王女様が来た時に、彼女を十分に壊して差し上げられないのは勿体ない」
皇子様は凄惨な笑みを浮かべた。
「エリスさん、質問をしますから答えてください。彼女に伝えなければいけないことも追々話します」
「承知」
「クイズその①。アトラス他家族の面々は、彼女——第三王女ブランカのことをどう考えているのでしょう?」
「嫌っている。心底苦手にしている。まるでいないものとして扱われるほどに」
「クイズその②。それはなぜですか」
「彼女の持つ力が大きすぎるから。彼女が七歳半の時に、爆発的に彼女の魔力が増えた。その異常さと不気味さが原因で、彼女は家族から敬遠されている」
「クイズその③。彼女の力は何のためにあるのですか?」
「アトラスの言う『世界の変化』のため。彼女の力は、それを起こすためにある」
「クイズその④。『世界の変化』とは?」
「この国とあちらの国——皇国の争いを一掃すること」
「クイズその⑤。そのために必要なのは何ですか?」
「王女自身が多大なる権力と世界に対する理解、そして自分の状況に対する理解を持ち合わせること」
どんな情報を持ち帰っても、必ず皇子様に言われたこと。王女はとにかく自分の置かれた状況を理解しなければいけない。彼女は無知すぎる、と。
「ええ、そのくらいでいいでしょう。理解は随分深まったみたいですね」
「そりゃよかった。僕は読解やら何やらに自信がないものでね」
軽口を叩いてみたのだけれどスルーされた。
「それでは、今から面接の練習を始めましょう。僕から王女様に言うべきことを伝えます。後のことは任せますよ」
「任せておけ」
「これが、僕とあなたの最後の作業になるのかもしれません」
そう思うと悲しいですね、なんて笑う皇子様の顔を見ていて、一つ思い出したことがある。
「皇子様、見つけたぞ」
真っ赤なサイス。血塗られた色のそれを、皇子様に差し出す。彼は特に驚いた様子もなく手を出して受け取った。
「ありがとうございます。どうやって持ち運んでいたんです?」
「企業秘密だ」
「そうですか。いやはや、商売道具が戻ってくると気分がいいですね。これで僕の脱出劇もうまく行きそうです」
「逃げる気なのか」
「まだですよ。僕の思っていることが正しいのなら、近いうちにことは起こります。そうすればあなたもわかりますよ」
ほのめかしが多くてよくわからなかった。とりあえず僕が逃げられるのなら後はいいや。
「そうかい。じゃ、とっとと話してくれ」
「了解いたしました」