039 語りかける会話
妹の分の殺しは終わったから、今度は自分の分の仕事をこなしに行く、と言ってまた道を歩き出したコリンに続く。
「なあ」
近くの屋根の上から声をかけた。
「何ですか、師匠」
「お前、僕以外にも習っているだろう」
「何故分かったんですか」
おや、当たったのか。はったりだったのだが。
「身のこなしに違和感があった。僕ならあんな動きはしない。それならば、僕が教えたお前もあんな動きはしないはずだろ」
「実に見事な説ですね、感心します」
「心にもないことを言うな、空々しい」
本当ですよ、なんて悪びれる様子もなく両手を広げる。その動作一つ一つが酷く嘘らしい。
「格闘術の先生、数人と《《少しお話しただけ》》ですよ」
「それっぽっちで技術が身につくわけがないだろう」
格闘のことについても触れないただのお喋りで物事が身に着くのならば、この世界は塾やら何やらであふれかえっているわけがないだろう。
「もともと僕は運動神経のいい方なのです。学校でも称賛の眼差しは常日頃のことでしたよ」
「——学校って、どんな感じなんだ?」
やや自慢げに言うコリンに問いかければ、珍しく本当に驚いた眼がこちらを向いた。
「師匠、行ったことがないのですか?」
「僕はお前と違うんだよ。何つーかなあ、お前みたいに生きがいで人を殺してんじゃねえんだ。生きざまで人を殺してんだよ。だからさ、ああいう人がいっぱいいるところに行けば殺しちゃうだろ?」
今では、窓の外に目を向ける僕をたしなめたリゼの気持ちがよくわかる。
ああも、死の尊さを知らないで。生の尊さを知らないで、にこにこと笑って何やらを追い回している子供は、——
《《とても殺したくなる》》。
「物騒な話ですねえ。しかし、やや僕もわかるところがありますよ」
「何だ?」
「クリスは可愛いのです」
「あぁん?」
「可愛いがゆえに、虐められることも多いのですよ。それは今でも続いていると言わざるを得ませんが、とにかくそうなのです。そのたびに、僕は奴らを殺したくなるのです」
この手で生命をもぎ取ってやりたくなるのです、とコリンは手を握ったり閉じたりして見せた。
「あの娘に何かあったら、僕は世界を許しません。その時僕を止められるのは——《《あなただけです》》、師匠。何かあったら頼みますよ」
「妹ちゃんに頼めばいいのかい? お兄ちゃんを殺せって」
「何故クリスに残酷な役目をさせなければいけないんです? あなたが殺してください、この僕を。手塩にかけた弟子を殺すなんて、かけがえのないことでしょう? それに、そうなってしまえば僕はクリスくらいで止まりませんよ。だって僕はクリスのために動くんですから、クリスの言葉で止まるわけがないじゃあないですか」
崩壊した理論。矛盾した言語。それでもなお狂気を内包するからこそ動き続ける永久機関のような弁に、失笑と畏怖を隠せない。
「わかったよ。やり過ぎたら殺してやる」
「ありがとうございます、師匠。願わくばその時が来ないことを」
感情がない訳じゃない。誰かを殺すことに疑問を持たないわけでもない。
人として当たり前の感情は持ち合わせている。
人を殺すことはいけないことだと知っている。
それでもこの少年はためらいなく人を殺す。
《《妹のため》》という大義を掲げて人を殺す。
『兄が人殺しだ』という事実がどれだけ少女に重くのしかかるのかを鑑みずにただただ人を殺す。
「もしかしたらお前は人を殺したいだけなんじゃないか」
「それはありません」
「お前の行為が妹にとって害になるとは思わないか」
「行き過ぎた行為も好意です」
「妹のために妹を殺せと言われたらどうするんだ」
「殺します」
「それじゃあ本末転倒じゃないか」
「何を馬鹿なことを言っているんです? 妹を殺せと命令した奴を殺すんですよ」
そんな雑談を交わしながら何食わぬ顔で目の前の中年男性を手に掛けて、また電話を掛ける。
少年は不気味だった。
同時に僕は、そんな感情を少年に抱けることが嬉しかった。