036 依頼
あーもう。人に物事を教えるって大変なんだな。
リゼのこと尊敬するや。
「違う違う! そこで右に糸を振るの!」
その辺の石の上から、少年に指示を出す。
今日はあの妹はいない。
「当たり前ですよ。誰が好き好んで殺人鬼のところに妹を連れて行くんです?」
あーやれやれ。何日経ってもこの子には慣れないや。普通に話しているだけなのに、なぜだか見透かされているような気がする。
「師匠? これでいいんでしたっけ」
藁で作った人形に糸をいい加減に巻きつけて奴が問う。
「ちがう。下手だなー。急所だけ覆うんだよ。そこを切り裂いたら死ぬところだけを」
目の前で、指に糸を巻きつけてこねくり回しているのは、コリン・マイツェンという名前の少年だ。今僕は、僕自身が奴の両親を殺したという罪を原材料に脅迫され、コリンの師匠となる羽目に陥った。
最もそんなことを言えば、
「そんな悲しい言い方をしないでくださいよ、師匠。僕は師匠に稽古をつけてもらうの、好きですよ」
なんて答えを返してくるのだろう。
正直言って筋は良い。僕よりも上達が早いくらいだ。しかしそれは、向いているということとイーコールではない。
それが原因で、僕はコリンに本格的な術を教えることを保留にしていた。
すでに教えた技は、訓練さえした幸谷の者であれば誰でも扱えるような易しいもので、とても【糸】であると口に出せるような技ではない。本人もこれが裁縫でないことには気づいているだろうし、僕としてはなかなか気まずいところなのだ。
「師匠。僕はこれから妹を迎えに行かなければいけません」
幸谷の他の孤児たちが凶暴すぎる、なんて理由で、この男は自分の妹を隔離しているのだ。なんでも木の上に作った隠れ家とやらに昼間の間は押し込んでいるらしい。
「はーん。じゃあ今日の訓練はここまでだ」
気分としては携帯を弄りながら、くらいの軽い気持ちで僕は返事した。
「はい。ありがとうございます。ところで、相談がありまして――」
……。
この弟子からの相談、という題目を聞いただけでもやや寒気がしてきた。
どうしよう。
聞きたくない。
「実は僕、依頼をこなさなければいけないんですよ」
……は?
「おいおいおいちょっと待てよ依頼ってなんだ?」
こいつ八歳だぞ?
「あら、わかっていらっしゃらなかったのですか?」
わかっているも何も初耳だ。
「僕は人を殺さなければいけませんし、妹もそれは同じです。殺さないで任務を放棄すればそれは重罪に値します」
聞けば正しい。間違ってはいない。
でも、それは、
「それは幸谷本社の奴らの話だろ? コリンがそれに従う必要はないんじゃないのか?」
「何を言っているんです。僕は訓練兵ですよ」
訓練兵?
「少年兵と言ってもいいですがね。ただ人質を譲り受けて、そいつら同士で殺し合いをさせても楽しくないし役に立たないでしょう?」
なら、『仕事』をやらせれば良い。
幸谷はそう考えたらしい。
「コリン……お前今までもやってきたのか? そういう事」
「ええ。今度はもっとうまくできそうです」
師匠に習いましたから。
と言って目の前の少年は右手を軽く振るった。まだ全然うまくもないし様にもなっていない糸を振るった。
その様子が、鳥肌が立つほど気持ち悪かった。怖いとかそういうわけではなく、ただ気持ち悪かった。
だって、わずか八歳の子どもだ。それが、『仕事が上手くできそうだ』
なんて言うのだから。
「わかった。その仕事、僕も同行していいかい?」
「了解しました、師匠」