034 因縁のからまり
「あのさ。僕と幸谷双糸は別だよ」
「ですが、わたくしの父を殺したのは貴女方です」
七年前。あの森でリゼを追ってきていた大勢のうちの一人。それが、このメイドさんの父親だというのだろう。
「でも、その君がどうして僕を狙うのかな?」
しかも、幸谷斡旋社の支部なんかで。
「それを言うとわたくしの首が飛んでしまいます」
何やら複雑そうだな。
「ていうか、君は幸谷の者なの? それともただの暗殺屋さん?」
「わたくしは、借金のかたですよ」
「借金?」
「わたくしの父が貴女の言うところの『暗殺屋さん』なのです」
うーん。そんなにほのめかすように色々言われてもわからない。意外かもしれないが、僕は頭がそれほど良くないのだ。
「君のお父さんは借金をしていたの?」
「わたくしの父ではありません。依頼人です」
「ん?」
なんでそれが『このコが売られるわけ』になる?
「依頼人は強盗だったんです」
「うん。それで?」
先を促すと、女の子はなぜわからないのかと言いたげな表情になった。
「わたくしは人質に取られたんですよ」
「でもそれは強盗にでしょ?」
「強盗は幸谷に追われていたんです」
はぁ?
「それで、なんで君がここにいるの」
「父が仕事に失敗したので、強盗共に身代わりにされました」
「君を売ってことを済ませたってこと? 幸谷はそんなに甘くないけどな」
彼女が知らないところで強盗の方も殺されていることだろう。まあ、それはいいか。関係ないし。
「そうだ。君みたいに、何かの身代わりに売られたりした子どもって他にも居るの?」
「大勢いますよ。多くが幸谷に父や母を殺された子どもです」
「ふーん。その子たちをどうするつもりなんだろう」
「貴女と同じような人間に育て上げたいのでしょう」
それは無理だと思う。『僕』は人工では作れない。でも――
「咲家の焼き直しか」
「はい?」
女の子に話は通じないみたいだった。
「君もそのうちの一人?」
「そうです。現時点での『格闘技術のトップ』はわたくしです」
少し誇らしげだった。
誇ることでもないのに。
「そう。嫌な制度だね」
「わたくしがここに来たときから随分人が減りました」
「でも新しい子どもも来るだろう」
「数は少ないです」
だんだん話すのに疲れてきた。
「はい。行っていいよ」
パッ、と手を離す。女の子は驚いた顔をした。
「君、目が見えないだろ」
「あら」
「僕はもっと下だよ」
ずっと少女が斜め上を向いて話すので気になっていた。しかも、《《彼女は糸に気づいた》》。
技の詠唱をしたって気づかない奴らが多いのに、明確に体が反応したのでおかしいと思っていた。
「目が見えない分、体が繊細なんだね。それ、役に立つよ」
「褒めてくださってありがとうございます」
最後まで僕を見ないまま、女の子は出ていった。
「これからどうしようかな……」
忘れていたけれども、ややお腹が空いているのだった。