032 任務完遂
「お? おお? これこれこれじゃーんッ! 僕ってば天才!」
いやもう、本当に時間がかかったよ。気が遠くなるかと思ったぜ。
「んじゃ、しっつれいしまーす」
外から窺った感じだと、どうやらご夫妻はご在宅なようだ。雰囲気からして、子供とやらもいるらしい。
「よっこいしょ」
塀を乗り越える。
「うーん。大騒ぎしない方が良いのかな?」
あんまり騒いで警察が来るのも困る。むやみに殺し過ぎるのも良くない、と社長が言っていた。
とりあえず家の中に侵入させていただくのが先だな。
特に名前もない技で窓硝子を絡めとってから、窓枠に足をかけて中に入る。
「おかーさん」
無邪気に母親を呼ぶ声がする。この家の子供だろう。
「や、どーも」
台所らしいところに入って、お皿か何かを洗っている女性に声をかける。
その人が驚いて振り返ったところで、技をかけた。
痛みもなく死ねてよかったね。
「裁縫形態、第六番。遮二無二、死出無二」
ワンテンポ遅れて、女の人の首から血が噴き出た。
「おー」
僕は、そこら辺の棚の上に登って混乱を眺めていた。みんな目の前のことが大事で、僕は目に入らないみたいだ。
父親らしき男は母親の亡骸と何やら話している。ふと、部屋の隅の方に目を遣ると、鬼神のような形相をした子供と目が合った。
ん?
あれは、さっき道を教えてくれた子供だな。
おそらく妹なんだろう、小さな女の子の頭を抱え込むようにしてカーテンに身を寄せている。
「へぇー。健気じゃん」
その態度が気に入ったので、殺さないことにしよう。
「じゃ、おとーさんの方もばーいばい」
軽く、手を振った。
「裁縫形態、第三十七番。一撃必殺、影隻形単」
おとーさんが崩れ落ちたので、彼の頭の上に腰を下ろす。窓の方——カーテンは閉まっている。僕にとっては好都合——で体を震わせている女の子と、その頭を掻き抱く男の子に目を向けた。
「やあ、子供たち」
男の子が睨みつけてくるだけで、声はしなかった。
「僕は取って食ったりしないさ」
こんな状況を見せつけて何を言っているんだ、という話である。
「君はさっき道を教えてくれたからね。その行為に免じて殺さないでおく」
やっぱり答えはない。
「またどこかで会ったら、敵同士かもねぇ」
男の子の眼の敵意がさらに鋭くなった。
「あー怖い怖い。それじゃ、僕は行こうかな。後は警察に通報するなりなんなりしなよ。警察の人が来たら、〖糸〗がやったって言っといたげて」
それで、警察は手が出せなくなる。
捕まりたくない僕としては好都合だった。
「ばいばーい、子供たち」
♰♰♰リゼのノートより♰♰♰
・形態第六番:遮二無二、死出無二
いくら必死に生きても、誰もが死ねば無になってしまうことを表す。
「諸行無常」ということで、おごった相手を暗殺するときに耳元で囁くという伝統がある。
大した特徴はなく、真後ろから首に糸をかけて殺すだけの簡単な技である。(絞殺)
・形態第三十七番:一撃必殺、影隻形単
〖糸〗は常に独りぼっちである。故に、失敗しても誰も助けてくれない。だからこそ一撃で殺さなければならない。
脳天に針を押し込んで殺す。上手くいけば確実に殺せる。足場には糸を使う。