031 方向音痴
ふーん。
王国と皇国、なんてえばっているし、ニュースでは皇帝が自国の優れたところを力説しているものだから、二つの国の間には大きな亀裂と実力差があるんだと思っていたけれど。
「なーんだ。どっちも、大したことないんじゃん」
くるん、とローブの裾を翻した。
顔を見られるといろいろ支障があるというので、誰でも着ることのできるような黒いすとんとしたローブを着て、おまけにそのフードを被っている。
「無個性ちゃん、ってね」
そもそも二つの国の行き来が重罪な今、密航をした時点でこの僕は死罪になってもいいのだろう。
しかも資金提供が乏し過ぎて、今にも密航がばれそうなぼろぼろの組織の手を借りたわけだし。
「この場合どっちに捕まるんだ?」
王国の警察なのか、皇国の警察なのか。
まあどっちにしろおんなじことなんだけれどね。
「えーっと、依頼内容は」
どうにも最近独り言が多くて困る。社長にもらった依頼状を取り出した。
『皇都ベリーズストーム42番地区54番通り在住の夫妻、ケール・マイツェンおよびキャサリン・マイツェンの殺害。子供が二人いるが生死は問わない。夫妻を確実に殺すこと』
聞いたところによると、この依頼、この夫妻の弟のところの夫妻からの依頼らしいよ。百パーセント金目当てだろ、そんなの。
最近こういう依頼が多い気がする。
こんがらがっちゃってやーね。
しかしまあ、ここに書いてある住所まで行ってぶっ殺すしかないわけだ。
あーめんどい。
「で、ここ何処?」
慣れないところで仕事をするのは大変だ。早くもここが何処なんだかわからない。実を言うと僕は方向音痴気味である。
ここは密航船の船着場から降りてすぐ。アクセス的に、ベリーズストームって言う都市には着いているんだろうなって思うんだけど。密航する方としても、一番でっかい都市に行っとけば都合が良いだろう。
「あ、ちょーどいいや。君きみ、ここ何処? あと、ベリーズストーム42番地区54番通りって何処かわかる?」
「道路標識を見てください」
その辺に居た子供に問いかけたのだけれど、返事はにべもなかった。傷つくなあ。
「えーっと? おー。ここは34番地区かあ。じゃあ近いのかな?」
まあどちらかに向かって歩いていけば、いつの間にか42番地区にたどり着くだろう。万が一そうでなかったなら、今度はもっと親切そうな人に道を訊こう。
「お? ついたっぽくね?」
それから歩くこと三時間。僕は42番地区と書かれた標識にたどり着いた。 はっきり言ってかなり疲れた。
「でもこっから54番通りまで行くのか」
面倒だな。さらに歩かなければいけないと思うだけで疲れる。
「あ、君きみ」
またもやさっきと同じような子供に話しかけてしまった。我ながら学習能力がない。
「何ですか?」
金髪の男の子は、さっきの子とは違ってこちらに目を合わせてくれた。優しいなあ。
「54番通りって何処?」
「おうちを捜してるんですか」
「そうなんだよ。僕としたことが道に迷っちゃってね」
「じゃあ、この道をずっとまっすぐ行って、三番目の角を左折です。もしおうちを捜してるんだとしたら、その通りで表札でも見てください。それ、家の番号じゃないので」
「ええっ! そうなんだ。良いことを教えてくれたね」
全く、社長め。不完全な依頼書なんか渡しやがって。危うくこの辺の家人を全員殺す羽目になるとこだったぞ。
そうと決まったら表札探しだ。まだまだ先は長そうだな。