020 院長先生
「あ、居た」
寝ている。
院長って何か武道をやっていたりしないのか。
てか、僕がいた時と同一人物なことがもうドン引きなんだよな。
「院長先生。教え子ですよ」
左手を一気に握りしめた。
指先についた糸が複雑に絡まり合って動く。
「裁縫形態、第五番。啐啄同時、百発百中」
ただしまだ発動待ち。
「だっ、誰だ」
慌てているのを見ると笑えるなあ。
枕元に置いてあったカンテラを右手の親指で僕のそばまで持って行く。
「エリス・ティオール。久しぶりだね、院長」
驚いてほしいとか思い出してほしいとか、そういう気持ちはないよ。そんなことよりも、ただ——早く殺したい。
「エリス? 気味の悪い子供か」
久しぶりに再会したのにそれはなくないか。
「ふん、立派になったな」
当時も思ってたけど、やっぱりヤな奴だなこいつ。
「で、今日は何の用だ」
「ん」
その辺にあった奇麗な机の上に上がる。磨きこまれた机の表面に、携帯していた針で傷をつけてやった。
「喋れ」
傲慢だな。
「面倒だって言ったら?」
「人を呼ぶぞ」
「面倒」
ちなみに、院長はまだベッドに寝たまま。横着なの? 何なの?
院長を机の上から見ていると、奴は左腕を伸ばした。
「裁縫形態、第五番。啐啄同時、百発百中」
左手オンリーバージョン。
本来は、全身を肉の燻製みたいに拘束して弾けさせる技だけれど、今回は部分を絞って掛けているので、若干しょぼい感じ。要はただ切断されるだけだ。
「え?」
左にボタンみたいな出っ張りがあったので、それでベルが鳴ったりするんだろう。人を呼べるような装置なんだろう。
噴水みたいに血が手首から噴き出る。結構勢いが強い。重厚な家具ぞろいの広い部屋を噴き出した血が鮮烈に染めていくのはなかなか壮観だった。
「いんちょー。僕と戦わないのぉ?」
戦うなんて選択肢を選んだら嘲笑いながら殺してやるつもりだった。
「無理だ。貴様は強すぎる」
「お」
僕の強さがわかるくらいには馬鹿だったんだなあ。
「せっかく私が人の強さに矯正してやろうとしたのに……わざわざ人でなしの道を選ぶとは。愚か」
ベッドに寝たままで何を喋るんだこの男は。
「ふーん。僕のこと憶えているの?」
「憶えている。忘れたくても忘れられん」
さては、会話を続けて命拾いしようという魂胆か。
「あれほどまでに、殺しに向いた子供は見たことがなかった」
昔話でもするつもりらしい。暇だし聞いてやろうか。