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糸使いの一生 ~彼女はまたの名を人形狂戦士~  作者: 古海理香
第二部 15歳 月夜の犯行
19/110

018 幸谷殺羅

 幸谷ゆきや殺羅さらというのは、僕の名前だ。

 ただし、本名ではない。僕の本名は、エリス。エリス・ティオールという。ちなみに姓にはリゼの名字をもらった。

 幸谷というのは、簡単に言うと大規模な暗殺者集団だ。一説によると、一定以上の暗殺スキル(殺人スキル)を持っている者は、自然と幸谷、もしくは雪谷さちや(幸谷のライバル的存在の集団だ)に引き寄せられるらしい。

 それほどまでに、大きな集団。

 僕は今、その集団の庇護下にいる。

 しかも、集団内の特権階級という地位を得て。

 それもこれも、僕が身に付けた技術がそれだけ特異なものだったからである。

 僕のように、心がなくって人を殺すことに躊躇のない、いわゆる人でなしに、ふさわしい技。


 裁縫糸さいほうし、と云う。

 それは絶技にして奥義。たぐいまれなる身体能力か、超越した精神を持つ者にしか体得は不可能だと言われている極技。

 皆さんが普段生きていらっしゃる表の世界の裏、殺しと陰謀の渦巻く日常において畏怖の対象とであり、はたまたそこらの戦闘狂が獲物として焦がれてやまない対象でもある。

 使い手はそのまま裁縫糸さいほうしと言われ、それぞれ幸谷の姓とそれに対応する名前を持つ。

 僕の場合は、幸谷殺羅。

 殺し、その血で羅紗を織るもの。

 血とか羅紗とかに意味はないけれど、響きが格好いいから僕は気に入っている。強いて意味をつけるのなら、羅紗を織れるほどの血を流すこと、くらい。

 つまり、大した意味はない。そんなものだ。

 それから、僕ら〖いと〗が使うのは、その名前が示す通り、糸だ。人によっては素材にこだわる人もいるみたいだけれど、僕には特にこだわりはない。有り体に言うと、どんな糸でも殺せる。後は、たまに針を使う。

 裁縫の技は、全部で六十一個の技からなる。主に使う、『裁縫形態さいほうけいたい』と呼ばれる四十四の基礎的な技に、『裁縫絶技さいほうぜつぎ』と呼ばれる救命のための十二の技、それから『裁縫極刑さいほうきょっけい』。他言は禁じられている。

 僕は七年間で、その六十一の技を始めから終わりまで使えるようになった。覚えてみると、案外簡単なものだ。

 手順① 自分が戦う辺り一帯に、相手に気づかれない程度に一面に糸を張る。(ちなみに、この作業が蜘蛛の巣作りに似ている、というのが本で僕らは『土蜘蛛つちぐも』と呼ばれる)

 手順② 先ほど示したいずれかの術を使って殺す。糸はその辺に張ってあるのを適当に使う。

 たった二つの工程で、人は死ぬ。このたった二つで、僕ら『土蜘蛛』は——『裁縫糸』は、人が狂気を抱いた振りをして刃物を振りまわすよりもはるかに簡単に、はるかに芸術的に命を消し去る。その芸術こそが、僕らの誇りであり存在価値。

 その感情を、誰かに理解してもらうことは無理だ。無意味だ。

 伝えるつもりなど元からない。

 お前らには理解できない。

 僕は僕以外の誰かにこの技を教える気はないし、そんな機会も永遠に訪れない。

 たった、それだけのことだ。


 ***

 そんなわけで、今この修道院の外壁とか十字架とか窓とか、はたまたその中の人間たちとか調度品とかには、僕と双糸そうし(リゼ)の糸が張り巡らされている。

 誰か一人が呼吸のために横隔膜を動かした、その様子までが伝わってくるくらい、綿密に糸は張り巡らされている。それでも、誰も気づかない。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「最後に、任務の確認、しておこう」

「それもそうだね。——任務内容は、子供たちを一人も殺さないまま、修道院を壊滅させること。ただし、大人はどうなってもいい」

 碌な任務ではない。碌な依頼人でもない。大人を殺してもいいけれど、子供を殺しちゃいけないだなんて。

「僕——殺羅が大人・先生側の処理を担当、その間に双糸が建物の破壊、および子供の誘導。それでいいっけ?」

「ばっちり。じゃあ、僕は君が行ってから、四十数えたら出発するよ」

「うん。そのぐらいには終わるかな」

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