012 四つの色
エフソードの店に戻ってくる。
「それで、まだ何か要件があるのか?」
俺の店に戻ろう、なんて言うから何かソードの方で用件があるのかと思いきや、ソードは外出に疲れただけらしい。自分の指定席らしい古びたソファに座って、ふんぞり返っている。ちなみにリゼと僕もさっき座ったけれど、座り心地はあまりよくなかった。
「エリーの魔法の適性を調べてもらえないかな」
「何でだ」
「性格ややり方に、影響するって聞いたからだよ。僕だって、半端な気持ちでこの子を育てるわけじゃないからね」
「薬は『あちら』からの輸入品なんだ。貴重なものなんだよ」
「お金なら払うよ」
「そういうことじゃないんだが……」
「じゃあ何だい、面倒だな」
「いや、別に。ただ、王女様なんかも欲しがっている薬だから」
「へえ。そりゃ面白いね。この国よりも『あちら』が勝っていると王女様自ら認めているようなものじゃないか」
「末の王女様だからね。お姉様方とは色々違うんだ」
しょうがないな、と立ち上がって、ソードが二階へ向かう。時々不穏な音を立てる階段が不安だったけれど、本体が影な彼なら大丈夫だろう。
「あ~あ、疲れたなぁ」
主がいなくなった瞬間、ソードがそれまで座っていた椅子を奪って座るリゼ。ふと、その態度がどこかの国の王者のように傲慢なものに見えてぞくりとした。
「こんな恰好したの、久しぶりだもん」
とんとん、と肩から腰までを撫で下ろす。水でも何でも弾きそうな素材。まるで水着のような服だった。
「座らないの?」
促されて隣に座る。髪を黒く染めたリゼは、これまでのリゼとは別人のような気がして、何だか居心地が悪い。
「何で座っているんだ」
再び建付けの悪い階段を軋ませて降りてきたソードが、四本の試験管を立てた縦長の入れ物をテーブルの上に置いた。
「エリー。髪の毛を四本貰えるか」
前の髪の、短いところをつまんで抜こうとしたけれど、うまく抜けずに手に汗をかく。
「エリー」
横からリゼに手を掴まれる。
「ちょっと貸して」
目を閉じてね、と忠告されて、素直に目を閉じる。
頭を軽く撫でられるような感覚の後、リゼが四本の髪の毛を手にしていた。
「どうやったの?」
訊いても、リゼは肩をすくめて笑うだけで答えなかった。
「はい」
ソードに髪の毛を渡すと、彼は試験管を僕に見せながら説明を始めた。
「まず、これ。これは、風の精霊の力を借りて魔術を行使できる、と判断された場合に色がより青く変わる」
新緑の緑を水に溶かしたような色をした液体だった。
「判断されるって、誰に?」
「……さあ。俺も、『あちら』の行商さんに言われただけだから」
「そう」
「うん。それで、これは土の精霊、だな。確か黄色くなるはず」
赤と黄色と茶色を程よく混ぜ合わせて宝石に閉じ込めたような色。
「こっちは、水の精霊。もっと透明感が出るらしい」
夏の、入道雲が浮かんだ空の一番高いところをバケツで掬い取ってそのまま雨水に三日晒したような、汚い群青だ。
「で、これが火の精霊だな。血の色に変わる、と聞いた」
冬になる、幾つもの部屋を持つ例の果実のような色だ。
「へえーっ! 奇麗だね!」
突然頭上からリゼの声がした。
「何だか僕もやりたくなったな! その試薬、半分にしても効果はあるの?」
「あるはずだが」
「じゃあ、僕にもやらせてよ!」
今まで聞いたことがないくらい明るくて高い声だった。まるで別人のように感じる。
「とんだ人格崩壊者だ」
ソードが毒づきながら、その辺にあった試験管に目分量で試薬を入れていく。
「はいはい、じゃあ僕からね」
テンションの高いリゼが、いとも簡単な様子でソードの持つ試験管に髪を入れた。
「どうなるんだっけなー」
リゼに先を越された感はあるけれど、とりあえず僕も試薬に髪を入れてみる。
「……何も起きないな」
少し待って、ソードが口を開いた。
「欠陥品?」
「それはないはずだが。リゼ、ちょっと振ってみてくれないか」
「えー」
リゼが手を伸ばしてそれぞれの試験管を攪拌する。
[しゃわ]
耳障りのいい音がして、さっきまで動きもしなかった髪の毛が先っぽからだんだん融けていく。
「おお」
リゼが楽しそうな声を上げた。僕もこっそり自分のを揺らしてみる。さっきからリゼのペースに食われっぱなしだ。
髪の毛が融ける様子をぼうっと見ていると、泡と同じようにゆらゆらと動く、そんなほんわりした思考をもリゼの大声に蹂躙された。
「わ! 色が変わった!」