099 どっさり
「助かったぜ」
金髪をかき上げながらソードが言う。実際の年齢の割に若く見えるから、商店街では女の子たちにきゃあきゃあ言われているらしい。言われるほど外に出ていることに驚いた。
「それはどうでもいいから手伝えよ」
ソードの色気に興味はないね。第一色気とは何?
「何をだ」
「その書類。運ぶから」
「……」
睨みつけられる。もともと目つきが悪いんだからやめろ。僕も人のことは言えないけれどさ。
「お前は奇麗な顔だよ――でかい車持ってくるから待ってろ」
「おぉセンキュー」
それが狙いだった。雑貨店の後ろに、でかい荷台のある車があったのは知っている。何気に褒められたな。
「師匠は人使いが荒いですね」
「違う。勝手にソードがついてきたんだから、手伝ってもらわないと」
お前もだぞ、と軽口を叩く。
「そうですね……」
随分なおざりな返事だな、と叱ろうと思って違和感を覚える。
「――何かあったのか?」
ゴミ山(?)の一点を見つめてじっとしているものだから、不思議に思って声をかけた。少しばかり肩を震わせた後、少年は恐れるように、
「いえ……」
少しだけ躊躇って、一組の紙束を差し出した。わざわざ留められているということは、これは一つの依頼書なのだろう。調査書だけでなく依頼書もきちんと取ってあったのだな。几帳面なリゼ。
「あ」
違う。几帳面は僕だった。
局所に対して几帳面なだけか――、または何か虫の予感的なものが働いたか。
「これはお前の父親と母親の依頼書か」
随分お似合いの夫婦だったよな。人の気持ちなんてわからないと豪語するこの僕が言うのはやや胡散臭いが。
「……ッ」
紙の端に皺が寄る。
目が険しかった。
『保険金目当て』
かつて自身で口に載せた言葉がよみがえる。
嘘だろ。
「済みません、師匠。ちょっと今ばかりは申し訳ありません」
気持ちに整理がつけられそうにないです、とコリンが居間の方に歩いていく。
手袋を外した手でこめかみを揉んでいる。
しくじった。
「わかった、先に作業をする」
糸を使えば作業は早いのだけれど、何となく居心地が悪くって唱えられず、手を使った。強大な運搬方法が使えないとなると、いかにも心細く感じる。
思案に耽るコリンの後ろ姿をちらっと眺めて、作業に取り掛かった。
抱えた紙の束を勢いよく床に置く。筋力がなさ過ぎて腕が痛いぜ。
「重い」
そんな一言が口を突く。
人一人生きた証、と一言で済ますのは簡単だ。
けれども、それにしては重すぎる。
やはり殺すことは背負うことなのか。これが一人分の人生なわけがない。これほど重いわけがない。
僕の肩の上にも載っているのだろうか、今まで殺した人々の重みが。
生きた証何て言うものは残してこなかった。
そういうものがあれば、『僕という人間がいた』ということがもっと明確になるのかな。
僕が人間だったとわかってもらえるのかな。
リゼは人間と言ってよかったのだろうか、何て不遜なことを考えながら次の山に手を伸ばす。
また依頼書か、と投げやろうとして目を見張った。
もっとよく見ようと体制を変えると、急に視界が暗くなった。
ざらり、と耳に心地の悪い音がする。地層のように重なったごみが、蠢く。
「あ」
下敷きになってしまう。
糸は掛けていない。さっき手を使おう、なんて思ったから。
失敗ばかりだ。生還を祈っててくれよ、諸君。
どろり、と少しスローモーションに見えるくらいにダイナミックな動きで、山が動いた。むせかえるほどの古い紙の匂いが僕を包む。