Ⅷ:it
「嫌そうな顔するなよ。協力しないぞ。
じゃあシナリオを変えるよ、仕方ないな。『俺はずっと由紀乃のことが好きだった』『けど由紀乃は俺にまったく興味がなかった』「仕方なく俺は告白してきた別の女子とお試しでつきあうことにした』『由紀乃が俺とつきあってくれることになった』『俺は由紀乃に今の彼女と別れるまで秘密にしててほしい。彼女とはすぐに別れるからと約束させた』……どうだ!」
「先輩すごいですね。やっぱ医学部の人って勉強だけじゃなくてこういうことにも頭の回転が速いんですね。
そりゃあ不倫も浮気も二股どころか三股、四股だってできちゃうわけですね。あーやだやだ、頭いい人って怖い怖い」
「だから持ち上げてから叩き落すのやめろって」
「シナリオについては了解しました。で、『彼女とはすぐに別れる』が口癖の先輩は、そのまま彼女とも別れず本命の彼女のことも私のことも騙して弄ぶクズってことですね。ばっちりです。ありがとうございます」
「こんなに言われて嬉しくないお礼は初めてだ」
「あ、先輩。ひとつ確認しておきたいことがあるんです」
「俺の好きなタイプとか?」
「いえ、彼女は全部で何人いますか? 私の分は入れずに教えてください」
「由紀乃……俺のことどれだけクズだと思ってるの? 俺、今回の由紀乃のケースが特別なんであって、基本は本命オンリー定員1名なスタンスなんだけど」
「ふーん、そうですか。別に先輩はちょっとクズ臭がしただけで本当のクズだとは思ってないんで安心してください。ただし医者と医学部はクズ率が高いと認識し警戒は怠りませんけど」
「なんか、由紀乃が怒ってるそのクズ医者ってやつに俺も腹が立ってきたなー」
「じゃあもしその医者を社会的に葬れそうな日が来たら先輩にも連絡しますね」
「だから発言が怖いって由紀乃。
……あ、さっそくだけど由紀乃ってさ、なんか欲しいものとかある? つきあった初日記念っていうか……欲しいのあれば帰りに買ってあげてもいいけど」
先輩の目がさっきまでとは雰囲気が変わっている。彼氏の顔になったとでも言うのだろうか。
なんとなく緊張を感じてしまう。
ただギターを弾きに来ただけなのに、まさかこんな話になるなんて思わなかった。
欲しいもの……。
欲しいものと言われて、思いついたものはあった。
だがしかし、本当にそれを先輩に買わせてもいいのだろうか。
先輩はそんな私の葛藤にすぐに気づいた。
「遠慮なくいいなよ。そういうロールプレイなんだし。指輪とか、そういうの欲しい?」
「じゃあ……本当に甘えてもいいですか?」
私は欲しいものが売っている店へ先輩をお連れすることにした。