Ⅶ:keep
「俺、今一応彼女がいるんだけどさ、俺が由紀乃とつきあえば二股することになるじゃん。
不倫も浮気もキープとサブの関係なわけだから同じようなものだろ? だからさ、条件的には由紀乃もその不倫してる子と似たような状況になるんじゃない?」
よくそんなことがすぐに思いつけるなと、思わず感心してしまう。ただし悪い意味で。
「……『彼女とはうまくいってない。すぐに別れるから』とか言って、私を好き勝手にするわけですね」
「言い方……。でもまあそういう感じかな。
でもさ由紀乃……けっこう女って強かで狡猾な生き物だよ。
秘密の関係とか略奪する自分に酔ってるのとか、クズでもワンチャン医者の男を落とせたら将来安泰だって思って割り切ってたりとか……すごいのがいっぱいいるんだよ。
俺たちのことを札束かATMだとでも思ってるやつが近づいてきてさ……正直うんざりするよ」
「ああ、それはひどいですね。でも先輩は学生だし、そういう期待はされてないんじゃないんですか?」
「ここだけの話、うちは親戚みんな医者家系だからお金に困ったことはないんだ。でもさ、こっちだって本命にしかお金はかけたくないし、使う相手は選びたいよね、もちろん。
と、まあこんな話をしたあとでなんだけど、どう? 俺とつきあってみる気ある? 由紀乃だったら本命じゃなくても投資できるよ、俺」
「先輩……なにげに今のクズ臭すごいですよ。なんか……クズ医者がどうやってクズ医者へと成長していくのかの片鱗が見えたような気がします。大変勉強になります」
私は先輩に礼儀正しく頭を下げた。
「……うわー、言うんじゃなかったかな……」
乾いた笑いを浮かべながら先輩はグラスを傾ける。
「よろしくお願いします」
「……なにが?」
「本命じゃない浮気相手になってみようと思います。守った方がいいルールとかあれば今決めてもらってもいいですか? それに合わせて対応するんで。もちろん本命さんにもバレないようにしますし」
先輩は何を言われてるのか理解できていないような顔で固まっている。
「……あ、もしかして全部冗談でした? すみません真に受けてしまいました」
「由紀乃って……好きな人とか彼氏っていないの?」
先輩が探るような視線を向けてくる。
「いたらこんなことするはずないじゃないですか。あ、ごめんなさい。今の発言は先輩への嫌味ではないですよ。
好きな人は――……いたはいたんですけど……私じゃない人のことが好きで、もうつきあってる人もいて……それにその人、私が好意を向けてることなんて、たぶんまったく気づいてないので……。だからもう諦めてるんです」
「既婚じゃなければがんばってみれば? それこそサブからキープに昇格目指すとか」
私は笑って言葉を濁す。先輩は察してそれ以上は踏み込んでは来なかった。
この辺の引き際が上手だと思う。人に合わせて距離感を調整するのが巧みな人だと思う。だから人数の多いサークルの中でもこの人のことはかなり最初の段階で覚えられた。
「じゃあ、まあ、とりあえずサークルメンバーには秘密にしとこっか。あとはそうだな、もし俺に本気になっちゃったときは申告して」
「あ、それは絶対にないのでご心配不要です」
「即答。もうちょっと社交辞令して。俺一応先輩」
「そうですけど私、学部も大学も違いますし」
「一応さ、なんていうかさ……ん、分かった。ひとまずこの話はおいておこう。
よし、じゃあ設定を考えようか。これは由紀乃のためのロールプレイだ。
シナリオはそうだな……『由紀乃はずっと俺のことが好きだった』」
「えー……」
思わず心の声が出てしまった。
その設定だと私が先輩にサブでもいいからつきあってほしいと頼みこんだみたいだ。
ありえなさすぎて、設定に無理がある。