Ⅵ:to
「先輩はしてないですよ」
「なに、その『先輩は』っていうのは」
「先輩って医学部じゃないですか。もうそれだけで女の子には不自由しないわけですよね。女の子ホイホイなわけですよね。
そうすると女の子のことをだんだん大切に思わなくなってくるのではないでしょうか? どうですか?」
「なるほどね。由紀乃、医学部の男に二股でもかけられたんだね?
たしかに医学部には女癖の悪いやつがいるよ。女癖が悪いとかいうレベルじゃないやつもね。
どうかな? 俺なんかおすすめだと思うけど。俺にしとかない?」
「私の話じゃないんですよ。
やっぱり医者とか医学部の男の人ってそういうもんなんですね。最低」
「ひどいな。俺に軽蔑の眼差しを向けないでくれないかい?」
「先輩、医学部だし、ギターうまいし、顔もキレイで背も高くて、そりゃあ女の子なんてホイホイ引っかかるんでしょうね。
そして最終的に医者になった暁には片っ端から女を毒牙にかけるクズ医者の一丁上がり……」
「持ち上げるだけ持ち上げといて叩き落とすのやめてくれるかな? 由紀乃もう酔ってる? お前、サークルの飲み会で最後までシラフだっただろ。どうした? もしかして俺に気を許してるってこと?」
酔っているかと聞かれたら少し酔っているかもしれない。
空腹でアルコールが早く回ってしまったのかもしれない。
そのせいなのかは分からない。
ここには玲奈のことを知っている人はいない。
だから思わず、抱えていた悩みが口からこぼれた。
「私の地元の友達の女の子……主治医と不倫してるって言ってたんです」
「ふーん」
先輩はたいして驚かなかった。
「ふーんって……。なんとも思わないんですか?
大の大人が奥さんも子供もいるのに、これから社会に出ていく学生を騙して遊んでるんですよ?」
「落ち着け由紀乃。相手が既婚者だって分かってても関係を続けてるお前の友達だって同じようなもんだ。
関係が続いてる以上、片方だけの責任じゃない」
「でも……もしかしたら弱みとか握られて脅されてるのかも……」
「家庭を壊すって医者の方が脅されてる可能性だってあるだろ。視点が偏りすぎだ。友人をかばいたくなる気持ちも分かるけど……」
「玲奈はそんな子じゃない」
思わず大きな声が出てしまい、我に返った。
目が潤んでいた。気を抜くと泣いてしまいそうだった。
おかしい。
どうもこの前玲奈と会ってから涙腺が緩い。
「ごめん、言い過ぎた」
すぐに先輩が謝ってきた。うまく言葉が出なくて、私は黙って首を横に振った。
涙が出ないように歯を食いしばる。
「まあ……さ、深入りはやめときなよ。
由紀乃が悩むことじゃない。ほっときなって」
ほっとけない。
どうすれば玲奈を助けられるのか知りたい。
玲奈がどんな気持ちであの医者とつきあい続けているのか、どうしても知りたかった。
「わからないんです。どうしてそんなクズと別れないのか。
だって奥さんや子供をそんな簡単に捨てるなんて信じられないし、もし本当に捨てたとしたらそれこそ最低だし、どっちにしたってクズじゃないですか。なんでそんなクズとわざわざつきあってるのか……。
お金が欲しいだけなら、私に任せてくれればそのクズを脅して金を巻き上げる手伝いをしてあげるのに……」
「怖い怖い。由紀乃怖いよ。法学部にいる人間がそんなこと言わないように。
由紀乃は分かりたいの? その友達の子のこと」
「……分かりたいです。出会い系アプリで妻子持ちの医者見つけて不倫体験してみようかなって考えてるくらいですから」
「それはやめなさい。ただのヤリモクの偽医者に性病うつされるだけだから」
「先輩、なんかクズっぽい医者に知り合いっていませんか? 妻子持ちのくせに女子大生と不倫したがってるようなクズ医者。ついでに社会から消しても文句が出なさそうなやつなら尚更いいですね」
先輩はわざとらしいくらいに大きなため息をついた。
きっと馬鹿にする気だ。落ち着け。なんでそこまでするんだって。たかが地元の友達なだけだろって。
「俺じゃダメ?」
「……え?」