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Ⅴ:going



 満足してヘッドホンを外すと、先輩もギターを弾いていた。


 しばらく自分のギターの音で耳が変になっていたので、先輩が何を弾いているのかよく聞こえなかった。


 少しずつ聴覚が戻ってくる。


 先輩の弾いている曲は、どこかで聞いたことのあるフレーズだった。たぶん有名な曲だと思う。


 優しくて穏やかな旋律だった。いらだちでささくれていた心が少し凪いだような気がした。


 頑張って思い出そうとしたけれど、アーティストも曲名も出てこない。


 先輩が答えを教えてくれる。


「リトルウィング、知らない?」


 タイトルなのかアーティスト名なのかも分からない。


「うーんと……分かりません」


 知ったかぶりはせずに素直に尋ねた。


「カバーはたくさんあると思うけど、オリジナルはジミ・ヘンドリクス」


「あ! その人知ってます! ギターの神様ですよね!」


 高校の時に顧問の先生が好きだったギタリストだ。すごく熱く語られた記憶があるが、当時の私はオリアンティが好きすぎて、そんな古いギタリストの話はほとんど右から左に聞き流してしまっていた。


 今改めて先輩のギターを聴いてみると、なかなかにかっこいい。

 これはぜひとも弾けるようになりたかった。


 先輩はギターを軽く持ち上げて笑った。


「せっかくだしセッションでもどう?」


 願ってもないことだった。


 楽しくなってしまい、時間を忘れて先輩とギターを弾き続けた。


 部室を出たのは7時も過ぎた頃だった。



・・・




 夕食に誘ってもらい、適当な居酒屋に入ると、半個室に案内された。


「カップルだと思われたかな」


 先輩がそんな冗談を言って笑う。


「光栄です」


 適当なお世辞で返した。


 お互いにそこそこ酒には強かったので、飲み放題でオーダーした。まだ春休み中ということもあり、明日の講義の心配もいらない。


 サワーで乾杯し、お通しに箸をつけていると先輩がじっとこちらを見ていた。


「由紀乃はさ、なに荒れてんの? 俺で良ければ話くらい聞くよ? 俺ちょっとは先輩だし」


「荒れてるふうに見えました?」


「ギターの音が荒れてた」


「ヘッドホンしてたじゃないですか」


「セッションの序盤。音が硬いし、攻撃的だった」


 言葉も出ない。

 全部見透かされていたらしい。


「参っちゃいましたね。私のギターって持ち主よりもおしゃべりなんですよね」


「後半は楽しそうだったけど」


「そうですね、後半は楽しかったです。というか、まんまと先輩に乗せられました。

 先輩って女の子を喜ばせるのすごく上手ですよね。女の子に不自由したことなさそうですし」


「ひどいな。ずいぶん尖った言い方だ。まるでセッション序盤のギターの音だ」


「ああ、なるほど。そういうニュアンスの音だったんですね。やっぱりギターの方が私よりもおしゃべりで正直ですね」


「俺、由紀乃のこと怒らせるようなことしたっけ?」


 先輩が私の目をまっすぐに見つめる。


 ……きっとこうやって、患者の病気を探り当てていくんだろうな。


 先輩の数年後の未来が浮かぶ。


 白衣を着ている先輩の姿を想像すると、私の心の中で、また不快な感情があふれ始めてきた。

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