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Ⅲ:I



 綺麗だった玲奈が汚された。

 クズみたいな医者なんかのせいで汚された。


 病気を治してくれるはずの病院に通って、クズみたいな医者につかまって……。

 不倫なんかに巻き込まれて……。


 ひどすぎる。最低だ。

 汚い。汚いよ。汚すぎる。


 そんなやつが人の命を救う仕事なんてして、誰かに感謝されてるなんて許せない。


「……何でも買ってくれるんだ、その人。

 高いものでもなんでも……。

 私ね、悪い女なんだぁ……」


「やめてよ玲奈……そんなこと言わないでよ……」


 そんなことない。玲奈は悪くない。

 玲奈の口からこんな言葉聞きたくなかった。


 具合が悪くても、そんな素振り全然見せないで、いつも笑顔で明るくて、何日か休んでたかと思ったら『えへへ、入院してたー』なんてあっけらかんと笑って片付けてた。


 いつも前向きで、明るくて、笑顔が素敵な自慢の友人だった。


 そんな玲奈のつきあっている男が……妻子持ちのクズ医者だなんて……。ひどすぎる……。


 玲奈は絶対に利用されてる。

 医者なんて、金と権力があるからって女をどうとでもできると思ってるだけなんだ。


 玲奈のことを大切になんて絶対に思ってるわけがない。

 他にも同じように遊んでる女がたくさんいるはずだ。


 だって本当に大切に思ってたら、玲奈を不倫になんて巻き込むはずがない。

 大切な人を面倒な立場に置きたいなんて考えるはずがない。


「悪くない。玲奈は悪くないよ。

 そいつが最低なんだよ。なんでそいつとつきあってんの? 他の病院に変えられないの? そいつじゃなきゃ玲奈の病気のこと診てくれないの? 別の医者に変えなよ。そいつともう関わっちゃダメだよ……」


 玲奈は何も答えなかった。


 どうして何も言い返してくれないんだろう。

 私には玲奈の気持ちが何も分からなかった。


「……ごめん玲奈。私……よく知りもしないでひどいこと言ったかも……」


 少しだけ頭が冷えてきた。玲奈を傷つけてしまったかもしれないと思い、とりあえず謝った。


「ううん。それくらい真剣に言ってもらえて……むしろ嬉しかった」


 何が嬉しかったんだろう。

 止めてもらいたかったってことなんだろうか。

 やっぱりクズ医者に弱みを握られて脅されてるんだろうか。


「……玲奈は……好きなの? その医者のこと……」


 玲奈は困ったような笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。


(別れてよ……)


 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 何度も入退院していた玲奈を支えていたのは、悔しいけど自分ではない。

 不倫相手の、その腐ったクズ医者だったんだと思う。


 妻子持ちの分際で、学生に手を出すようなクズだけど、腐っても医者なんだろう。何年も玲奈の治療を続けてきたのは事実だ。


「ごめん玲奈。私……踏み込みすぎだね……」


 もう止めよう。

 というより、もうやめざるを得ない。


 沈黙が続き、耐えられずに車から降ろしてもらった。これ以上一緒にいると、さらに余計なことを口走ってしまいそうだった。


 玲奈と会うのは、これが最後になるような気がした。

 でも、こんな話が最後になるなんて絶対に嫌だった。


「玲奈……次の彼氏はさ……歳が近くて、気兼ねなく割り勘デートできるような彼にしなよ。

 私に彼氏できたら、今度ダブルデートとさか、しよ……ね?」

 

「ん。分かった」


 最後に玲奈が見せた笑顔は、高校の時の玲奈が見せる笑顔ではなかった。


 疲れたような、悲しそうな、私の知らない大人の女性のような表情だった。


 玲奈の車を見送ると、私は近くのコンビニでタバコとライターを買った。


 このむしゃくしゃした気持ちを、煙と一緒に吐き出してしまいたかった。

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