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ⅩⅤ∶x x x



 結婚式が終わり、2次会は身重(みおも)の新婦の体調を気遣い、開催されなかった。

 涙で化粧が崩れて大変なことになっていたので、ありがたく帰ることにする。


「由紀……! じゃなくて……えっと……と、友永(ともなが)さん!」


 男性に呼び止められた。

 下の名前で言いかけて、わざわざ名字に呼び直している。そんな人物に一人だけ心当たりがあった。


 声のする方を振り返ると、思った通りの懐かしい顔があった。


角木(すみき)くん……。もしかして新郎友人席にいた?」


「いたいた。めっちゃいた。新郎同僚席に座ってた。

 んで座席表で、……友永さんの名前見つけて、気づけー! ってめっちゃ念じてた」


 『気づけー』のところで力をためるようなポーズも交えて説明してくれる。そんな仕草が懐かしくて笑ってしまった。


「ごめん。全然届いてなかった」


「めっちゃ泣いてるー! って思って見てた」


「それは今すぐ忘れてお願い」


 気まずくて目をそらす。さすがに泣きすぎた。思い出すだけで恥ずかしい。


「あのさ……ずっと謝りたかったんだ。友永さんに」


「ん?」


「卒業したあと、全然連絡しなくなっちゃって」


「それは私も一緒。でもほら、卒業のタイミングで自然消滅ってよくあることみたいだし。気にすることないよ」


「俺……友永さんって、本当に俺のこと好きなのかなって不安で、俺から連絡しなかったら気にしてもらえんのかなって思って……それで……ごめん」


 しょんぼり下を向いて、4年も前のことを謝罪する角木くん。そんなの謝るようなことじゃないのに……。

 

「そっか……私の方こそごめん……」


「振られたー! って超落ち込んで、そのあと新しい彼女作って忘れようとしたんだけど……振られ記録ばっか更新してさ」


「あはは」


 頭を抱えて大げさに落ち込む仕草が面白くてつい笑ってしまった。


「そこ笑うとこじゃないだろ!

 あのさ……やっぱ俺……由紀乃のことがまだ好きみたいだ。……お願いします! もう一回だけ、俺にチャンスをください!」


 直角に腰を折り、まさかの最敬礼だ。

 角木――祥仁(あきひと)くんの耳が真っ赤になっている。


 祥仁くんは、あの頃と――つきあっていた頃と――なんにも変わっていなかった。


「私もね、大学いるときに、祥仁くんのこと思い出してたよ。もし私で良ければ……また祥仁くんの彼女にしてもらってもいいかな?」


「ホント!? ホントに!?」


 パアア! っと祥仁くんの顔が眩しいくらいに輝いた。ワンコの尻尾まで見えてきそうだった。


「変わらないね祥仁くん。なんかすごく安心した」


「そんなことない。ちゃんと大人の男だから俺」


 むすっとして口を尖らせる仕草は、全然大人の男の人ではなかったけれど、それが祥仁くんらしいといえばらしい。


「大人の男はわざわざ自分のことを『大人の男だから』なんて言わないよ。いいのいいの。そういう祥仁くんがいいの」


 私がそう言って祥仁くんの背中を叩くと、祥仁くんは恥ずかしそうに照れた。


「そういえば、俺たちがつきあい始めたのも、よりを戻せたのも玲奈きっかけだよな。

 なんか玲奈ってさ、俺たちの恋のキューピッドじゃない?」


「いまどき恋のキューピッドなんて言う? さっすが祥仁くん。言うことが違うね」


「え? なんで? 言わない? 言うよね? 俺変かな?」


 私は笑いながら歩き出す。

 祥仁くんはもっといい表現をひねり出そうと難しい顔をしたままついてくる。

 その真剣な顔が面白くてまた笑ってしまった。



 祥仁くんを私に紹介したのは玲奈だった。


 祥仁くんが私のことを気にしてるのは、なんとなく気づいていた。

 でも私は祥仁くんとつきあうつもりなんて全然なかった。


 でも玲奈が言うから。


 絶対にお似合いだよって言うから。


 だからつきあった。

 玲奈が言うから。


 つきあってるときは気づかなかった。

 気づいたのは、先輩とつきあうようになってから。


 祥仁くんはいつでも私のことを大切に思ってくれていた。


 自分のことを大切に思ってくれる人と、そうでない人の違い――。


 その違いに気づけたのは、最初につきあった人が祥仁くんだったからだと思う。


 つきあうことになったその日すぐに私を抱いた先輩と、手を繋ぐだけでも真っ赤になっていた祥仁くん。


 最初の彼氏が先輩だったら、先輩が私に向ける気持ちが、条件の良い女性をキープしておきたいだけの、だだの所有欲だと気づかなかったと思う。


「ねえ祥仁くん、今度さ遊園地行かない?

 ほら、初めてキスして、そのあと祥仁くんが階段踏み外して落っこちた……」


「それ忘れてっ! なんでまだ覚えてんの! 恥ずかしいから! 声に出して言わないで!」


「あはは」


「あははじゃないよ! じゃあもう俺だって今日大泣きした由紀乃のこと絶対忘れないー! 涙が黒いなーって思ったことも忘れないー!」


「ちょっとやだ! それは忘れてってば!」



・・・



 玲奈も今の結婚相手と出会って、心の底から笑ったのだろうか。


 誰かの目を気にすることもなく、好きな人と堂々と並んで歩けているだろうか。


 私は、祥仁くんといれば……いつか玲奈のことを忘れられるのかな。


 いつか私にも子供ができて、玲奈とママ友みたいになれる日が来るのかな。



 さよなら玲奈。


 私の大好きな人。




 どうか。


 どうかあなたの人生が幸せなものでありますように。



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