ⅩⅣ∶love
先輩を見送ってから、タバコに火をつけた。
ゆっくりと煙を吐き出し、玲奈のことを考えた。
当初のプランは、先輩と関係を持ったことが本命彼女にバレて、泥沼になって、私が先輩に捨てられて、それから玲奈にこう連絡しようと思ってた。
【医学部の先輩に二股かけられちゃってさ、最終的に捨てられちゃったんだよね】
そんな報告をしたら、また玲奈と近況のやり取りができるような関係に戻れるのかな……そんなことを考えてた自分がダサくて笑えてくる。
結局、先輩は浮気なんてしていなかった。
定員1名だと最初に宣言した通り、私がそこの定員に収まっていた。しかも私が先輩を振ってしまった。
うまくいかない。
こんなことがしたかったわけじゃなかったのに。
先輩に対して多少の情が移ったのは感じた。
一人でいるのも好きだけれど、先輩といることが心地よい日と感じることもあった。
夜を過ごす相手ができたせいで、人肌恋しいという感覚も覚えてしまった。
けれどやっぱり、先輩と恋人同士になるのは違う。根本的に何かが違っていた。
そう思わせてくれたのは――。
思い浮かぶ一人の顔。
懐かしい顔が浮かんで、タバコを灰皿に押しつけた。半分近く残っているタバコの箱も握りつぶしてゴミ箱に捨てる。
私は、いつか玲奈にお礼を言わなくてはいけないのかもしれない。
・・・
大学を卒業して、私は地元に戻ってきた。
ようやく仕事に慣れ始めた頃、ずっと連絡をとっていなかった玲奈からメッセージが届いた。
【結婚式を挙げるんだけど、来てくれる?】
……あの医者と……?
一番最初に頭に浮かんだ言葉を振り払うのに、かなりの時間を要した。
モヤモヤした気持ちを落ち着けて返信する。
【もちろん】
招待状が届き、新郎の名前を調べた。
病院所属の医者ならすぐに名前が出てくるはずだ。
しかし新郎の名前で検索しても医者は該当しなかった。どうやら結婚する相手は医者ではないようだった。
結婚式当日。
久しぶりに高校の同級生と再会した。
みんなあんまり変わってない。高校の面影がそのまま残っている。
それをそのまま隣の席の子に伝えると「4年しか経ってないんだから当たり前じゃん!」と笑われた。
新郎側の来賓を観察する。医者っぽい雰囲気の人はいない。新郎友人の年齢も私達と変わらなさそうだった。
やはり新郎は、例のクズ医者ではなさそうだ。
ウェディングドレスに身を包んだ玲奈はすごくきれいだった。
新郎も優しそうに見えた。
披露宴の進行役が、玲奈が妊娠していることを伝える。
……お腹の子の父親って……。
嫌な考えが浮かんだ途端、止まらなくなる。
旦那さんは玲奈が不倫してたこと知ってるの?
あの医者とはもう別れたの?
まだあの医者は玲奈の主治医なの?
まだ関係は続いてるの?
途中から何も頭に入らなくなる。
だめだ。こんなこと考えてちゃだめだ。
自分に言い聞かせても、嫌な考えは頭から離れなかった。
「由紀乃、メインイベントだよ。行くよ」
隣の席の子に肩を叩かれ、我に返る。
ブーケプルズが始まるらしい。
よく分からないまま引っ張り出されてしまった。
玲奈の周りに女性ゲストが集まり、それぞれがリボンの端を渡される。この中の一本が玲奈の持っているブーケに繋がっている。
当たりを引いた人が、花嫁のブーケを受け取れるというイベントだ。
「それでは! 引っ張ってくださーい!」
司会の掛け声で、女性ゲストたちが一斉にリボンを引っ張る。
手応えがあり、玲奈と私の間でピンと張られたリボンが繋がった。
私がブーケを当ててしまったようだ。
よりにもよって、結婚の予定どころか彼氏もいない私に。
「ありゃりゃ。じゃあまずは彼氏探しから始めなきゃかな」
複雑な気持ちを隠し、おどけてみせた。
「おめでと由紀乃。大当たりだね」
玲奈が私に近づいてブーケを手渡す。
その笑顔は、高校時代の玲奈の笑顔だった。
私の大好きな、柔らかくてあったかい、玲奈の笑顔だった。
そっか。玲奈はもう大丈夫なんだね……。
ピンクのスイートピーのブーケを受け取りながら、私は理解した。
もう私が心配することは何も無いのだということを。
「ありがと。私じゃなくて玲奈がおめでとうだよ。すっごくきれい。今までの玲奈の中で一番きれい……」
涙腺が緩みそうなのをなんとかこらえる。
「えへへ、ありがと」
「幸せに……っ、なってね……っ」
でもやっぱり我慢できなくて涙腺が崩壊した。
「もー、泣かないでよ由紀乃〜」
玲奈も泣き出した。
一度決壊した涙腺は復旧不可能だった。
お酒も入っていたせいで、ダバダバに泣いた。
化粧がぐちゃぐちゃになるまで泣きまくった。
もうきっと一生分の涙を出し切ったかと思うくらいに、それぐらい泣きまくってしまった。




