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ⅩⅢ∶I



「受け取れません。返します。ロールプレイごときにお金をかけ過ぎです。いくらお金持ちだからって無駄遣いです」


 即答して蓋を閉め、先輩に押しつけた。

 でも先輩は受け取ってくれない。


「もうやめよう、こういうの。

 俺、ちゃんとつきあいたいんだ、由紀乃と……真剣に」


「ならお別れです。私は先輩の浮気相手(サブ)ならできましたけど、本命(キープ)の方ならお断りです」


「もともと俺は、由紀乃としかつきあってなかった」


「だからですよ」


 先輩はわけが分からないという顔をした。


「私が先輩との関係を承諾したのは、不倫をしてる友人の気持ちが知りたかったからです。妻側の気持ちは、正直興味はありません。

 私には先輩のキープは荷が重すぎます」


「俺と普通の恋人同士になるの、嫌だってこと……?」


 先輩が傷ついた顔をした。

 申し訳ない気持ちになりながらも、私は思っていることを伝えた。


「先輩、嘘つくのすごく上手ですよね。

 今日サークルの子に聞きました。先輩、最初から本命の彼女なんていなかったんですね。私のために演技してくれてありがとうございました。

 だからもし、本当に先輩とつきあうようになったら、私はずっと先輩のことを疑うと思います。今の言葉は嘘かどうか。その優しさの裏はなにか。何を隠しているのか。

 ……そんな関係って恋人ですか? 破綻してません?」


「でもそれは……!」


「嘘は嘘です。いい嘘も悪い嘘もありません。

 私はずっと先輩の手の上で転がされてたわけです。でもそれは怒ってません。私はクズに騙される(サブ)を演じてみたかったので。

 でも恋人になるのなら話は違います。嘘のうまい人とはつきあいたくありません。疑わなきゃいけない人と恋人にはなれません。すみません」


「俺……由紀乃なら、俺の家や職業とか……そういう条件じゃなくて、俺を一人の男として見てくれるって思ってたんだけどな……」


「うーん……。一人の人間として見た時に、先輩は底が知れなくて信用できないから、やっぱり無理かなーって思うんですよねー……」


「あんまり嬉しくない講評ありがとう……。

 せめて……これだけ受け取ってくれない?」


 先輩がまた例の小箱を私の手に押し付ける。

 私だってこんな高価なものは受け取るつもりはなかった。重すぎる。


「身につけないものを受け取る気はありません」


「なら売ってもいいよ。ちょっとでもお金の足しにしてくれれば……」


「見くびらないでくれませんか?

 私、節約は好きでやってたんです。お金に困ってるわけじゃないです。馬鹿にしないでください」


「ごめん、馬鹿になんか……」


「終わりです先輩。

 いろいろ勉強になりました。今までありがとうございました」


「由紀乃は……俺といて……なんとも思わなかった?」


「先輩のパートナーになる人は大変そうだなって思ってました」


「由紀乃は……なってくれるつもりないんだね?」


「たしか最初に言った気がします。先輩に本気になることはあり得ないと」


「俺とつきあったら、絶対に俺を好きになるって思ってたよ……。だってさ……俺って由紀乃の初彼なわけだし……」


「違いますよ。なに言ってるんですか?」


「え? だって初めてだったじゃ……」


「処女膜破ったからって初彼とは限らないですよ。馬術部の子が言ってましたけど乗馬の刺激でも破れるらしいですよ、あんなの。

 あ、すみません。医学部の先輩に偉そうなこと言っちゃいましたね」


「彼氏、いたんだ……」


「人の紹介で高校卒業までつきあってた人がいましたよ。

 初めてを手に入れて、特別な男になったつもりでいましたか? 男の経験がない女はちょろいとでも思いましたか?」


「本当に、毒舌だなあ……」


 先輩は大きなため息をついて顔を覆った。


「由紀乃はさ、俺のこと……全然好きにならなかったの?」


「んー……。嫌いじゃなかったですよ。

 私が留年しないでここまで来れたのは頭の良い先輩のアドバイスがあったからですし。圧力鍋のお陰で自炊の時短もできて、勉強時間も確保できたから資格もいくつか取得できましたし……」


「それだけ?」


「……正直に言わせてもらうと、先輩といても、好きな人のことが忘れられなかったんです。

 もし、その人のことを忘れさせてくれてたら、先輩のこと好きになったかもしれないですけど」


「不合格……か。

 そういえば由紀乃、結局俺のこと最後まで下の名前で呼んでくれなかったしなー」


「呼んでくれとも言われませんでしたしね」


 先輩は困ったように笑う。


「由紀乃……。今夜泊めて?」


「だめですよ、なに言ってるんですか」


「何もしないから。一緒に寝るだけ」


「絶対に嘘じゃないですか。騙されるとでも思ってるんですか」


「じゃあキスだけ」


「……先輩……この期に及んで往生際が悪すぎですよ」


 呆れてため息をつきかけて、ふっと気がついた。


 ああ、そっか……。

 こういう気持ちなのか……。


 玲奈がどんな気持ちで医者との関係を続けてたのか、ようやくわかった気がする。


 これなら私が知っている玲奈と結びつく。


「……由紀乃? もしかして泊まっていいの?」


「なわけないですよ。調子に乗らないでください。なんか、ようやく友人がどんな気持ちだったのか分かった気がしたんで」


「不倫にハマる気持ち?」


「クズな医者と別れられない気持ち、です」


 医者という肩書だけしか見ない女性に群がられ、なにも求めない相手にしか素直に本心を語れない。


 そんな相手のことをかわいそうだなと思ったのかもしれない。


 自分が相手をしてあげることで、その人の気持ちが少しでも満たされるのであれば――。


 それは優しさというよりも、哀れみや同情のような感情に近いのかもしれない。


「なら……俺とも別れないでよ……」


 珍しく弱気な先輩が甘えてくる。

 

(もう、しょうがないな……)


 玲奈ならそう言いそうだ。そんな光景が浮かぶ。


 でも私は知っている。

 その感情は、たぶん愛情ではない。


「先輩。それぐらい素直な方がずっといいですよ。きっと先輩に合う人、見つかります」


「由紀乃は違うの?」


「はい。私は違います」


 先輩は大きくため息をついて、腰をあげた。


「……遅くまでごめんね。帰るよ」


「はい。おやすみなさい」


「由紀乃、俺の好きなところって……どこかあった?」


「ギター弾いてる先輩のことは好きでしたよ」


「それってさ、もしかして由紀乃にとっては俺のギターが本命で、俺はそのオマケみたいなものだったってこと?」


「先輩、最後におもしろいこと言いますね」


 私が笑った隙をついて、先輩が唇を重ねてきた。


「先輩、帰らないんですか?」


 先輩は私を離そうとしない。

 私の口から拒絶の言葉が出ないように、先輩の唇が私の口を塞ぐ。




 玲奈だったら、きっとこう思うのだろう。


 もう、しょうがないな……って。

 

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