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軽音サークルのクリスマス会。
人数が多いので、居酒屋を貸し切ってのパーティだ。
私は3年、先輩は5年生の冬――。
謎のロールプレイはいまだに継続中で、先輩はなんだかんだと時間を作っては私のところへ顔を出してくれていた。
やっぱり将来的に医者という激務をこなす以上、スケジュール管理能力が問われるのだろう。
よくもまあ分刻みなスケジュールで、これだけ精力的に活動できるなあと感心を通り越してあきれてしまう。
おそらく根本的なキャパが違うんだろう。
さすがに無理をさせてるみたいで、優しくしてあげなきゃいけないような気になってしまう時がある。先輩のことだから、それも計算のうちかもしれないけれど。
「ねえねえ由紀乃ってさ、もしかして章人先輩とつきあってるの?」
私と同じく別の大学からここのサークルに参加している子が話しかけてきた。同じ学年で担当はベース。
名前は……すぐに出てこなかった。麻衣だったか麻希だったか……ちょっとうろ覚えだった。
間を作っても違和感がないように、私は皿に載っているポテトをつまみながら対応することにした。
「……? アキヒト……? ごめん、どの先輩のこと? ちなみに私は誰ともつきあってないよ」
「國澤先輩! 医学部の! あのギターうまいって由紀乃が前に褒めてた人!
由紀乃おかしいって。あのハイスペック章人先輩の情報なんにも把握してないの?
もうずっとフリーだし、みんな狙ってるのに。でもね、先輩フリーなのに告白してくる子、みんな振っちゃうんだって……」
「ふーん、彼女いないんならお試しでつきあってみればいいのにね」
私は適当に話を合わせた。
「なんかね、好きな人がいるらしくて、その人としかつきあうつもりないからって言われたんだって。
好感度爆上がりだよねー。遊んでそうに見えるのに実は一筋とか意外すぎだよねー。いいなあ。私も一途でイケメンの医学部彼氏が欲しー」
「へー」
「由紀乃リアクション薄すぎ。でね、もしかして先輩は由紀乃狙いじゃないのかなってみんな疑ってるわけ」
「ねえこの唐揚げってさ、絶対にレンチンだよね」
「由紀乃! 話聞いてる!?
先輩とつきあってるの? どうなの?」
「だからつきあってないってば。医学部の人となんて恐れ多くてつきあえないよ。釣り合わない釣り合わない」
「なに言ってんの法学部なんてエリートのくせに!
先輩、親も医者でお金持ちだしー、きっとクリスマスプレゼントとかー、すっごく高い指輪とか買ってくれたりしてさー」
「指輪は重いなー。私はパス。そういうの欲しい派なんだ?」
ちなみに去年のクリスマスに先輩から欲しいものを聞かれて買っていただいたのは圧力鍋だった。
おかげでカレーがあっという間につくれるようになってめちゃくちゃ助かっている。私は指輪よりも圧力鍋の方が何倍も嬉しい。
なぜなら自分のお金を出してまで欲しいものではないけどあると便利、でもなくなったとして全く困らないものだからだ。
「由紀乃、私の勘だと先輩は由紀乃に気があると思うよ。攻めるが勝ちだよ。先輩は絶対にいい物件だって。行け! 落としちゃえ! 玉の輿だよ!」
「んー……私は3LDKの高級マンションより、ワンルームの安アパートで十分かなぁ」
適当に話をのらりくらりとかわす。
今日ここに先輩は来ていない。もう先輩がサークルに顔を出すことはほとんどなかった。
私も就職活動や、単位に資格の取得、加えて卒業の準備で忙しくなっていた。そろそろこのふざけたロールプレイも潮時かな。そんなことを考えるようになっていた。
クリスマス会がお開きになって、みんなそれぞれに散っていく。
アパートに向かって歩いていると、先輩からメッセージが届いた。
【このあと行っていい?】
……本命はどうした。
と、返したくなる気持ちは抑えて、シンプルに返事を返した。
【どうぞご自由に】
暖房の温かさがようやく部屋に行き渡ったタイミングで、先輩が到着する。
顔を見ずに声をかけた。
「インスタントで良ければコーヒー出しますけど」
先輩はきっと気づいたはずだ。
私の声が不機嫌なことに。
「とりあえず今はいいや」
先輩はコートのポケットから小さな箱を取り出した。
「ちょっと早いけど今年のクリスマスプレゼント渡したくて」
「私のリクエストはそんな小さなのじゃなかったですよね?」
欲しいものを聞かれてリクエストしたのはハンドブレンダーだ。手のひらに乗るような商品は存在しない。だから箱の中身は私の欲しいものではない。
先輩は黙って私に小箱を押しつける。
仕方なく私は小箱のリボンを解き、蓋を開けてみた。
このサイズの箱なら、中身は見なくても予想がついた。
ピアスか指輪。
ピアスだったらもらってあげなくもないかなとは思っていた。
けれど、残念ながら中身は指輪だった。
たぶん、高いものだと思う。




