Ⅹ:secret
それから先輩とは何回かデートをして、何回か寝て、何回か何かを買ってもらった。
けれど私の中では、全くその関係性に特別な意味を持てなかった。
私から先輩に会いたいと思うことはなかった。
呼ばれたら会いに行く。家に行ってもいいかと聞かれれば、用事がなければ受け入れる。その程度だった。
医学部は4年次から講義数や実習が増えて忙しくなったらしい。先輩と二人で会うのは週に1回あるかないかだった。
個人的にはもっと少なくてもいいのにな、と思っていた。
キープの本命彼女だっているのに、すごい体力だと思う。さすが激務をこなす医者を目指すだけのことはあるなと感心する。いろんな意味で。
サークルの時間もお互いのグループで固まっていたから、ほとんど先輩との接点はない。どちらにしても本業の勉強も忙しくなり、先輩も私もサークルへの出席率は減っていた。
本命の彼女が医学部内にいるのかサークル内にいるのかは知らないままだったし、実際のところ興味もない。1年ほど関係を続けているが、私にとって先輩はその程度の人だった。
気になるのはいつだって玲奈のことだった。
玲奈は不倫相手の医者と、どんな気持ちでつきあっていたんだろう。
そのことがいつまでも分からなかった。
相手は現役の医者なわけだから仕事はきっと忙しいはずだ。
でもきっと家族には残業だと嘘を言って、定時で仕事を終えた日は玲奈との時間を作っていたのだろう。
玲奈は実家住まいだから、そのたびにどこかのホテルに連れ込むわけだ。それとも愛人用の住まいでも用意しているのだろうか。
でもなんだろう……。
それって、ただやりたい時だけお呼びがかかる性欲処理の道具みたいだ。
見返りにブランドのバッグや高い化粧品とかでも買ってもらうのかな。それとも豪華なディナーをごちそうになるのかな。
でもそれって、風俗と何か違うのかな。現金じゃなくて現物支給の違いでしかない。
そんな関係って、続けてて悲しくならないのかな。
もしかして、卒業したら奥さんと離婚して自分と再婚してくれるとか、本気で夢見てたりするのかな。
自分だったらそんなことを言われても到底信じられなかった。
だってもし本当に相手が言った通り、今の奥さんと別れて自分と結婚してくれたとしても、いつかまた若い女の子と不倫して、自分が前の奥さんと同じように捨てられるんじゃないかって疑ってしまう。
だって過去にそういうことをした人だ。
自分だけを愛してくれるなんて絶対に信用できるわけがない。
玲奈はどうして不倫を続けているんだろう。
考えごとに集中していたせいで、気づくのが遅れてしまった。
誰かが私の身体を触っている。
どうやら痴漢らしい。
呼吸を整えて、心を落ち着ける。
休日の夕方でそれなりに電車内は混んでいる。
私が背後の男に痴漢されていることに、周囲の人間は気づいていない。
私がまったく抵抗しないことに味をしめたのか、背後の痴漢の手の動きに躊躇がなくなってきた。
背後の息づかいが耳元で不快な音をたてる。
さて、こいつ……どうしてくれようか。
頭の中が冷えていく。
玲奈のつきあっているクズ医者も、私の背後で息を荒くしている男も、同じようなものだ。
私たちをただの道具だとでも思っているんだろう。
自分たちの好き勝手にできる、ただのおとなしい性欲処理のための道具だと。
消してやりたい。
跡形もなくなるほど。
地べたを這いつくばらせて、苦痛にのたうち回りながら死なせてやりたい。
薄汚れた生き物なんか、みんなこの世から消えてしまえばいいのに。




