97話 はちみつクッキーで意欲アップ?
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はじめこそ理解するのに時間を要していたものの、カーミラさんの腕は、やはりさすがのものだった。
話し合いのうちにイメージが固まってからわずか二日足らず、私が畑作業から戻ってくると、すでに養蜂箱が形になっている。
「どう、なんとなくこんな感じ?」
「こんな感じっていうか、まさしくこれ! って感じですよ!」
アバウトな口ぶりに反して、かなり立派な出来だった。
重箱状に作られたそれは、かつて田舎で見たものよりも、さらに立派に見える。
普通の蜂ではなく、魔蜂が使うものだからサイズが大きいのもその理由の一つだが、中の作りまでしっかりと細かく、私が作っていたものとは雲泥の差だ。
私がそれをしげしげと眺めていたら、裏の戸が数回ノックされる。
どうぞと返事をすれば、リカルドさんがエプロン姿のまま中へと入ってきた。
「お、完成したのかい?」
彼がこう投げかけるのに、
「マーガレットの図がめちゃくちゃだったから、苦戦しましたけどねぇ」
カーミラさんがこう答える。
言い訳しようもない事実なのだけれど、いざ言われると結構恥ずかしい。
「ちょ、カーミラさんってば……!」
私は抗議の声をあげるのだが、カーミラさんはそれを「冗談よ」と簡単にあしらい、リカルドさんの方を見上げる。
「それより、リカルド様はなにかご用?」
「あぁ、ちょっと食べてほしいものがあってね。時間は大丈夫かい? ちょうど、今なら出来立てなんだ」
出来立て?
そう言われてふと、私は鼻先を掠める仄かな匂いに気づく。
そこで長めに吸い込んでみると、小麦の焼ける香ばしさと、鼻を覆うような甘い匂いが流れ込んできた。
少し嗅ぐだけで、心が満たされていくこの感じは、もう間違いない。
「もしかしなくても、スイーツですか! クッキーとか?」
「はは、さすがマーガレットくんは鋭いな。そのとおりだよ。この間、蜂蜜が手に入っただろう? それをミノトーロたちのミルクと合わせて、菓子を作ってみたんだよ。蜂蜜を使うのは久しぶりだったからうまくいったかどうかは分からないけどね」
リカルドさんは眉を下げながら少し不安げに言うが、彼の料理や菓子が失敗だったことなんて、これまで一度もないのだ。
「食べたいです! ぜひ!」
私はさっそく椅子から立ち上がる。
「急ぎではないので、あたしも行かせてもらいます」
それに続いてカーミラさんも立ち上がるが、彼女は鼻をすするようにしながら、どことなくけげんな顔だ。
「どうされました、カーミラさん?」
「別に、大したことじゃないわよ。ただ、あたしには匂いがした気がしなかったから。よっぽどお菓子が好きなのね」
「そりゃあもう! 王都にいたときも、お菓子やさんには結構行ってましたよ。間食も勝手に取ってましたし」
「はは、マーガレットくんらしいと言えば、らしいかもしれないね」
三人、話をしながら小屋をあとにして、新設された食堂へと向かう。
そこにはすでに、ギンたちウルフヒューマンや、マウロさんも集まっていて、全員ではちみつクッキーをいただく。
すると、どうだ。
一口噛んだだけで身体に雷が走ったかと思うくらい、衝撃的な美味しさだった。
前に作ってもらったかぼちゃクッキーも十分すぎるくらい美味しかったのだけれど、甘さという意味では一段階も二段階も違う。
そしてたぶん、魔蜂の蜜の特徴なのだろう。
ほっこりとした甘さの最後に、果実のような心地いい酸味がさわやかに抜けていくのだ。
「なんだ、これは……。美味しすぎる………!」
少し味覚の異なるウルフヒューマンらにも、この美味しさは通じたらしい。
おかわりとして用意されていたクッキーは、あっという間になくなってしまって、私たちはおのおの元の仕事へと戻っていく。
が、口の中にはまだ幸せの余韻が残っていた。
「……また食べたいですね」
カーミラさんの作業を手伝いながら、少し上の空、私は小屋の中でこう呟く。
カーミラさんはそれに対して、とくな反応をしない。もくもくと手を動かしている。
なんだか、昨日までよりも気合が入っているような……?
「ふふっ、カーミラさんもクッキー気に入ったんですね」
「……当り前よ。甘いものが嫌いな女子はいないわよ、たぶん」
「たしかに、あえて言うまでもないですね」
また、蜂蜜を手に入れるため、私も自分のできる作業に集中することにする。
そうして、数日。
蜂蜜クッキーによる作業意欲の向上が効果を発揮したのか、あっという間に五つの養蜂箱が完成していた。
私はそれをさっそく、魔蜂の巣がある近くまで設置しにいく。
カーミラさんを誘ったのだけれど、「魔蜂、怖い、無理」と端的に断られたため、キラちゃんとともにしっかりと据え置いたら、最後に手を結んで祈りをささげた。
ここからは、人の手ではどうしようもない。
でも、この養蜂箱ならきっと魔蜂たちも気に入ってくれるはずだ。