96話 どうしてここに?
蜂蜜を十分に採取したのち、小屋へと戻った私がさっそく取り掛かったのは、養蜂箱の作成だった。
養蜂箱とは簡単に言えば、蜂に巣を作ってもらうための箱だ。
魔蜂はこの季節になると、新たな巣を近場で探す習性がある。
そこで、住処に選んでもらうためにさまざまな工夫を凝らした箱を用意することで、移り住んでもらおうという作戦だ。
養蜂箱は実に優れた代物で、蜂を外敵から守るだけではなく、蜜の採取などの作業を蜂たちの犠牲なく効率的に行うこともできる。
が、そのぶん、その構造は結構複雑だ。
実家近くで使っていたから、なんとなくの形状こそ覚えていたけれど、いざ図を書き起こしてみると、やはり細かい構造までは分からない。
そこで私は、小屋の増築作業等のため、麓と中間地点を往復していたマウロさんを捕まえて、意見をもらおうとしたのだけれど……
「大変申し訳ありませんが、これだけでは分かりかねます」
図面を見ながら少し長めに考えた末に、こうばっさりと切り落とされてしまった。
当然と言えばそうだが、蜂の家と人の家では勝手が違うらしい。
リカルドさんやウルフヒューマンらに尋ねても、首をひねられてしまい、結局私はアバウトな図面のまま、制作に取り掛かる。
そんな状態で作ったのだから、できたものは悲惨だった。
もともと器用ではないこともあろう。ガタガタとした建付けの、ただの箱が出来上がっていた。
それも、一日かけての話だ。
養蜂箱は移り住んでもらえない可能性も考えて、数箱用意する必要があることを思えば、かなり厳しい。
「……カーミラさんなら綺麗にできるんだろうなぁ」
私は未完成の養蜂箱を床に置くと、溜息とともに、つい、ひとりごちる。
が、私にはウルフヒューマンらの畑作業を見守るという役目もあるし、すぐに麓まで戻って彼女を頼れるわけでもない。
だから一つ気合を入れなおして、再び制作作業に戻った。
……ただまぁ根性論でどうにかなるようなものでもなく。
翌日になっても、作業は一向に進展しなかった。昼下がりまで悪戦苦闘するも、養蜂箱の状態は昨日とほとんど変わらない。
さすがに諦めがよぎって、手が止まったそのときのことだ。
「へぇ、結構できてきてるのね。畑も結構ちゃんとしてるし、建物も立派じゃない」
その独特な高い声は、小屋の外から聞こえてきた。
間違いなく、カーミラさんの声だ。
だが、ここに彼女がいるわけがない。
カーミラさんは魔物が出るからという理由で頑なに森の中に入るのを拒んでいたし、そもそもそんなに都合よく現れてくれるなんておかしい。
あまりにもうまくいかないから、いよいよ幻聴が聞こえたのかと一瞬思うが、
「お褒めにあずかり光栄です」
「だから固すぎるのよ、マウロは。もっと柔らかい感じで言えないの?」
「ありがとうございます」
「まぁそうなんだけど……結局、言い方が固いわよ」
マウロさんとの会話が聞こえてきたから、どうやら聞き違いでないらしい。
私はすぐに立ち上がり、小屋の戸を開ける。
すると、すぐそこにいたカーミラさんとばっちり目が合った。
もちろん、幻覚なんかではない。
風に水色の長いポニーテールを揺らすのは、間違いなく彼女だ。
「あ、マーガレット。なんかやつれた?」
「カーミラさん、どうしてここに?」
私は、単刀直入にこう尋ねる。
それに対して彼女は、首をかしげながら平然と「別に」と一言で答える。
「そろそろ一回見ておきたかったのよ。なにも知らないのも変でしょ」
「……えっと」
「ただの気まぐれ。悪い?」
「や、悪くはないですけど……」
あんなに森を怖がっていたのに、どうして?
そう聞こうとしたところで、先にマウロさんが口を挟んだ。
「カーミラ様。お言葉ですが、マーガレット様が困っているから助けに行くとおっしゃっていたと記憶しておりますが」
……いったいどういうことだろう。
なんで私が困ってることを彼女が知っているのだろう。
私が疑問符を浮かべていると、カーミラさんは顔に手をやり、大きなため息をつく。
「あんたねぇ、言わなくていいのよ、そういうのは」
「そういうものですか」
「そういうもの。だいたいもとはといえば、マーガレットが困ってそうだって話をあたしに教えたのはあなたでしょ」
「……それはそうですが。お決めになられたのは、カーミラ様かと」
二人は、いつものごとく、ボタンを掛け違えたみたいな言い合いをする。
その内容から、だいたいは察せられた。
たぶんマウロさんが私の独り言を聞いていて、カーミラさんに話をしてくれたのだ。ほそして彼女は、あれだけ怖がっていたにも関わらず、ここまで来てくれた。
要するに二人とも、私のためを思って動いてくれたことは間違いない。
じわじわと胸の裏が熱くなっていく。こうなったらもう、変に言葉も繕えない。
「お二人とも、ありがとうございます」
だから私は思ったままを、そのまま口にする。
それに対する二人の反応は、実にらしいものであった。
マウロさんは、「大したことはしていません」とだけ残して、小屋の裏手にある作業場へと去っていく。
一方のカーミラさんはといえば、
「で、なにを作ってたの?」
目を背けながら、ぶっきらぼうにこう尋ねてくるものだから、私は思わずくすりと笑ってしまう。
照れているのが手に取るように分かった。
「……なによ。帰るわよ?」
「あぁ、だめです、だめです! 養蜂箱作りを手伝って欲しいんです。もう私じゃ全然だめで」
「ヨーホー? ……聞いたことないんだけど、それ、あたしに手伝えるもの?」
「はい、きっと! まずは物を見てください!」