94話 再び、上へ!
食事会の夜から、ウルフヒューマンらはしばらく麓に留まった。
彼らは暗い中でも目が効く。
はじめは食事会が終わるや、すぐに集落まで戻ろうとしていたが……一度の食事で体調が元通りになるわけでもないだろうと、リカルドさんが彼らを引き留めたのだ。
とはいえ、屋敷の収容人数にも限界がある。
どうしたものかと私たちが悩んでいたそばから、彼らは庭のあちこちで、うずくまるようにして寝ていた。
ギンによれば、「これくらい普通」とのことらしい。
そういえばギンもどこでも寝られると言っていたっけ。
そんなわけで数日、リカルドさんの料理を三食しっかりと食べたウルフヒューマンらは、すっかり元気を取り戻した。
一部の方は力を持て余して、私とカーミラさんの畑作業やマウロさんの建築作業を手伝ってくれるまでに回復する。
とはいえ、集落に戻ったところで、今は瘴気の影響で不毛の地だ。
ならばと、私とリカルドさんが考えついたのは――
「こんなふうに土を掘ったところに水をかけて、その水がある程度引いたところで、渡しておいた苗を植えてください!」
中間地点の土地を、ウルフヒューマンらに開拓してもらうことだった。
ここをうまく耕してくれれば、彼らの食料問題は解決する。
そしてそうなれば、私たちとしても当初の目的である瘴気の原因調査に専念できるうえ、土地の開拓にも繋がる。
一石二鳥どころか三鳥にもなる作戦だ。
今は、実演を交えて、麓から持ってきた大根や、ヘホかぼちゃといった苗の植えつけ作業を教えている。
作業自体は簡単だが、ぐるりと周りを取り囲まれ、注目を集めた状態でやるのは、なかなかに慣れない。
「あとは、渡してある肥料を混ぜた土をかけてあげれば、植えつけ完了ですよ」
それでも、どうにかやり終えて、ウルフヒューマンたちが各々の持ち場についてくれたので、ほっと一つ息をつく。
「なかなか様になってるね。マーガレットくん」
それを、リカルドさんに見られていたらしい。
「あはは、なかなか大勢に教える経験ってないんで、難しいですね」
「だろうね。僕も彼らよりはわかるだろうし、一緒に見ようか?」
「いいんですか? でも食事の準備が忙しいんじゃ」
「大丈夫だよ。ちょうど下処理が終わって、手が空いたところだからね」
本当に助かる申し出だった。二十人以上の作業を一人で見るのは、私には難しい。
お言葉に甘えさせてもらって、リカルドさんと二人で、畑の畝に沿って作業をするウルフヒューマンたちの様子を見守る。
「なぁマーガレット、俺もやらなきゃだめか?」
その中には、ギンの姿もある。
あからさまに面倒そうな顔で、こちらを見上げてくるが、私は首を縦に振った。
「ギンも食べるんだから当たり前でしょー。これが終わったら、あとでまた特訓ね?」
「え。もう大丈夫だろ?」
「あのときがまぐれかもでしょ。継続が大事だからね」
「……なんだよ、それ。まぁいいけど」
ギンはぶつくさとこう言いつつも、作業に戻っていく。
幼いころの弟を見ている気分でそれを微笑ましく見ていたら、背後でなにやらひと悶着起きてしまったらしい。
少し先の畝で作業をしていたウルフヒューマンらがどういうわけか獣化して、暴れまわってしまっている。
慌てて見に行けばそこには、意外な子が待ち受けていた。
その子はウルフヒューマンらとは反対に、陽気な笑い声をあげながら、ゆらゆらとその丸い体を宙に揺らす。
「キラちゃん!? なんでここに?」
『あ、お姉ちゃん! 驚いた?』
「驚いたに決まってるよ! どうやってきたの?」
『ダイコンってお野菜の苗に紛れてたんだよ。へへーん、お姉ちゃんにも気づかれなかったね』
彼はそう言いながら、私の腕の中に納まる。それから丸い目を見開いて、こちらを見上げてきた。
『すごいでしょ~』
この子ときたら、いたずら好きにもほどがある。
それが災いしてウルフヒューマンらを驚かせてしまうことになったのだから、怒るべきところかもしれないが、にこにこと嬉しそうな表情を浮かべる彼を見ていたら、その気もそがれていった。
「キラくん、こちらに来ていたのか」
そこへ、リカルドさんが声をかけてくれる。
私が事情を説明したら、彼は手を口元にあてて、くすりと笑った。
「この子らしいね。で、ここは少し気温が下がるけど大丈夫なのかい?」
『それなら任せてよ! どこでも生活できるんだよ~、自由だからね、ボクたちは』
「大丈夫って言ってます。まぁたしかにボキランは、どこでも環境に適応できますから、そこは心配ないですけど……」
私はキラちゃんへと目を移し、その頭にぽふんと手を乗せる。
「いるのはいいけど、あんまりいたずらしたらダメだよ?」
『はーい。分かってるよ~』
彼はそう言うと、私の頭の上にぽふんと乗る。
『これなら、いいよね?』
大きさだけで言えば、顔と同じくらいある彼だ。
が、ほとんどが葉っぱでできている彼の身体はとても軽い。なんなら、ちょうどいい日よけになってくれそうだ。
「あんまり暴れないでね?」
だから私はこう忠告だけして、ウルフヒューマンらには作業を再開してもらい、その作業を見ながらアドバイスをしていく。
そこからはとくに問題なく進んでいたのだけれど、再びギンの近くまで見回りにいったところで、彼が言う。
「おい、マーガレット。お前、頭の上から木生えてるぞ?」
「え」
「あ、今度は草に変わったな」
……どうやらずっと悪戯をされていたらしい。
たぶん、他のウルフヒューマンたちは気づいてはいたものの、口にできなかったのだろう。
さすがに私とて、頭の上に木を生やした状態は、かなり恥ずかしい。
「……キラちゃん、なにやってるの?」
『あはは、お姉ちゃん、気づくの遅いよ~』
キラちゃんが私の頭の上から飛び上がり、逃げるようにふわふわと舞う。
さすがに今度こそ、叱らないわけにはいかなかった。
まぁ、あくまで軽めにだけれど。
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