89話 雨が降る感じ。
――それから五日ほど。
私は畑仕事の合間、変化をコントロールするための特訓を続けた。
飴を与えては獣化をしてもらい、暴走せずに保持できた時間を計測するのを繰り返す。
その結果は、上々だった。
「ギンいくよ!」
私は屋敷の前、獣化したギンに飴玉を放る。
使ったのは、数日前と同じ『三割の魔力を削る』効果があるものだ。
しかし、その時とは違って、それをぱくりと食べても、その姿がすぐに元通りになるようなことはない。
「わぉん」
まだ言葉を喋れたりはしないが、長い時間、暴走せずに安定した状態で狼の姿を保てるようになっていた。
そして、その姿になってすることと言えば……
『じゃあ、今のもう一回! 畑の外回りで追いかけっこね!』
畑の外周を使った、キラちゃんとの追いかけっこだ。
ギンにとっては獣化をコントロールするいい練習にもなるし、キラちゃんも遊んでもらえて、とても嬉しそうに葉をぴょんぴょんと跳ねさせながら空中を飛び回る。
前までなら間違いなく、追いかけっこが始まってすらいない。
初手で牙を剥きだしにして、キラちゃんに跳びかかっていただろうことを思えば、大進歩だ。
私が玄関先でその様子を見守っていたら、そこへリカルドさんが出てきた。
こちらに手を挙げるから、私は軽く頭を下げる。
「順調そうだね、ギンくんは」
「はい。まぁ飴があれば、の話ですけどね。とはいえ、新しく怪我もしなくなったので、基本的にいい感じです!」
「マーガレットくんのおかげだよ。きっと、ギンくんも感謝してるだろうね」
「ふふ、どっちかっていうと、美味しい飴をくれるリカルドさんに感謝してると思いますけどね」
こんな会話をしながら、私とリカルドさんはしばし、ギンとキラちゃんの追いかけっこを眺める。
これが長い時間見ていても、なかなか飽きない。
種族はまったく違えど、もふもふコンビだ。
見ていると、ほっこり和む。そうして勝手に癒しを得ていたら、
「自分たちの子どもを見るみたいな目ね、お二人さん」
思いがけず後ろからカーミラさんに声をかけられた。
考えても見ないことだったが、しかし。客観的に考えれば、そう見えてもおかしくはない。
「ち、違いますよ!?」
私は慌ててそちらを振り向き、すぐに否定する。
が、それで逃がしてくれる彼女じゃない。
「慌てすぎよ、マーガレット。図星?」
「そ、それはいきなり声をかけられただけで! 断じて違いますったら」
なんとか誤解を解こうと私が抗議をしていたら、リカルドさんはこほんと小さく咳払いをする。
「まぁともかく。ギンくんも元気になったのなら、そろそろまた僕たちは上に戻ったほうがいいかもしれないね」
話題を逸らしたのか、そもそもその話をするつもりで、ここに出てきたのかは分からない。
が、少なくとも、今のやり取りから逃れるにはぴったりだし、それは早いうちに話さなくてはいけないと思っていたことだ。
「そうですね。中間地点の開拓はまだまだ途中ですし、それにウルフヒューマンの集落のことも気になります」
「うん、そうだね。早めに対処しないと、飢餓が長引くことにもなる。いくら集落を出てきたとはいえ、そんな展開は彼も望んでいないだろうから」
「とりあえずまた、食料を運びましょうか。対面は難しいですから」
「うん、それがいいかもね。畑の野菜の生産ペースはかなり速いから正直、消費も追いついてないし」
「ギンと同じでグルメなら、きっと喜んでくれますね」
と、ここまで話したところで、カーミラさんは少し腰を屈めて、私とリカルドさんの顔を交互に見比べる。
「な、なんですか」
「照れ隠ししてるんじゃないかと思って。でも、顔に出てるのはマーガレットだけね」
「なっ……!?」
真面目な話をしていたというのに結局、カーミラさんのペースに持っていかれてしまった。
これには、リカルドさんも苦笑いだ。
「じゃあ、早い方がいいな。明日にでも行こうか」
少ししてから、彼が再び話を元へと戻してくれる。
それ自体はありがたいことだったが、しかし。私はうーん、と微妙な態度を取らざるをえない。
「なにかまだ終わってない作業でもあったかい?」
「いえ、そうじゃないですよ。ただなんとなく……明日は雨が降る感じがするので」
本当に、ただの肌感だ。
今は、綺麗な青空が広がっているし、なんなら雲一つない。だから、これがただの気のせいである可能性も十分に考えられる。
「なんて。たぶん大丈夫ですね。明日にしましょうか」
だから私はこう笑って誤魔化そうとしたのだけれど、リカルドさんもカーミラさんも目を大きく見開き、私のほうを見ていた。
「……えっと、どうかしました? なにか変でした?」
思いがけない反応に、私が自分をさして問えば、リカルドさんがいいやと首を横に振った。
「なにもないよ。まぁそうだね。色々と準備することもあるから、明後日にしようか」
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