88話 飴玉で特訓を。
翌朝、私はギンと二人、森の中にいた。
といっても、屋敷のすぐ近くであり、トレント達の目が届く範囲だ。
なにかあったら助けてくれるよう事前に頼んでおき、安全を確保しながら取り組むのは――
「なんだよ、この木の枝とか葉っぱが使えんのか?」
いわば落ち葉拾いだ。
どうやら腑に落ちないらしく、ギンは眉にしわを寄せ、首を捻りながらも、木籠にそれを集める。
「まぁね。これを焼いて、肥料にするんだよ」
「なんかよく分かんねぇけど、言われてみたら俺たちもやってた気がする」
「ふふ、そうかもね。昔ながらの方法だから」
畑の野菜に元気がない。
そう聞いて少し不安になっていたが、その原因は【開墾】スキルを使って様子を見るや、すぐに分かった。
端的に言えば、栄養が足りていなかったのだ。
ミノトーロ達の糞を元に作る肥料は当然優秀だが、それだけでは成分が偏る。
それを補うのが、草木を燃やした灰だ。
もちろん、中にはスゲ草のように焼けば毒になるものもあるため、向き不向きがあるが、選別は後回しにして、ひとまず二人がかりでかき集める。
そうして、ある程度の量が集まったところで、私たちはそれをカーミラさん、フィランさんのもとへと持っていった。
焚火で燃やしてもらうように依頼してからもう一度、森の中へと帰ってくる。
「なんだ、まだ集めるのか?」
ギンは足袋の先で、土を蹴上げながら、あからさまにつまらなさそうだ。
その態度だけではなく、垂れた尻尾や耳にも、『もう飽きた』と書いてあるが、それなら心配はない。
私としても、ここからが試したいことであった。
「ううん、あれだけ集めてればもう十分だよ」
「じゃあ、なんでまたここに来たんだ?」
「それは、ついたらすぐに教えるよ」
私はそう答えながら、森の中をきょろきょろと振り見て歩く。
そうして見つけたのは、木々が少なく、ぽっかり穴が開いたようになっている開けた場所だ。
ここなら、ちょうどいい。私は一人頷いて、
「ねぇギン。ここで獣化してみてもらってもいい?」
後ろを歩いていたギンのほうを振り返った。
「なることはできるんだよね?」
「……そりゃそうだけど。戻れるかどうかは保証できねぇぞ。コントロールできなくなることがほとんどなんだ。そもそも、なんでやるんだよ」
「暴走をしないための練習だよ。それができたら、誰かに怖がられることもないでしょ。ほら、とっておきの道具も用意したから」
私はそう言うと、ポケットの中からポーション瓶を取り出す。
その中に詰めているのは、飴玉である。
これが昨夜、スキルで逐一効果を確認しながら、試行錯誤した結果辿り着いた最適解だった。
チルチル草とエナベリーの実、さらにはレリーフ草まで利用して作った液体をリカルドさんのアイデアで、砂糖で煮詰めて固めた。
ジュースだと持ち歩くのが大変だが、飴の形なら、かなり使いやすい。
「んだよ、それ。見たことねぇ」
「お菓子だよ。魔力放出をしてくれるの。これを食べれば、暴走しないで済むかもでしょ?」
私は瓶をカラカラと軽く揺らしながら言う。
それからギンのほうを見れば、なんだかいつもよりキラキラとした目をしている。その緋色の瞳には、星が散りばめられていた。
が、しかし。
私の視線に気づくや、彼はむっと視線を尖らせる。
「……うまいんだろうな?」
出てきた言葉がこれだ。
うん、グルメな彼らしい。もちろんと私は首を縦に振った。
「リカルドさんが作ってくれたからね。甘くて最高だよ」
「……そうかよ」
そっけない素振りだったが、彼はすんなり獣化してくれる。
すると、やはりすぐにこちらを威嚇してきた。そのうえ、姿勢をかがめて飛びかかってこようとするから私はそこで彼の口に向けて、飴玉を放った。
まず投げたのは、『魔力を徐々に、三割程度まで放出する』効果のあるものだ。
それを食べるや、彼の前脚に込められていた力が少し緩む。
明らかに普段より、落ち着いている。いつもならこの段階で、服の一部が破れるのだけれど、それもない。
もしかして、もううまくいった?
私が拍子抜けしたのは、ほんの束の間だった。
少しすると、彼の獣化は解けてしまった。
が、しかし、この間みたく眠りに落ちたりはしない。
ギンは座り込んだ姿勢、目を大きく見開き、自分の手のひらを見つめる。
「……今、俺」
「うん、間違いなく昨日よりいい感じだったよ、ギン」
私がしゃがみながらこう声をかければ、彼は一瞬、頬を少し赤く染めてこちらに顔を振り向ける。
少年のような幼さの残る、無邪気な笑みだった。
が、それが続いたのはほんの束の間だ。その上向いていた口角はすぐに下へと曲げられ、丸くなっていた目はきっと尖る。
「……大したことじゃねぇよ」
この手の物言いにはもう慣れていた。
なんなら、読めていた返事だ。
「ね、ギン。これ、続けてみる? もしかしたら、いつかはコントロールのコツが掴めるかもよ」
「……いつかっていつだよ」
「それは分からないけど、そのうちきっと。まぁそれが待てないなら辞めてもいいけど」
私は片目を瞑り、あえてこんなふうにかまをかけてみる。
すると、
「……別にやらないとは言ってねぇ」
この返事だ。
やっぱり、心の中では彼も希望を見出してくれているらしい。
それならば、できる限り力になってやりたい。
「じゃあ少し休んだら、今度はもう少し効果が緩いのから試そっか!」
「あぁ。もっと効果が薄いのから頼む」
「どうしてそんなこと……って、ギン。飴が食べたいだけでしょ」
「ちっ、ばれたか」
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