87話 二人で夜なべして。
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その夜、私は一人、キッチンに籠っていた。
そこに持ち込んでいたのは、過去に採取してきたハーブや木の実など。
私はそれらを調理台の上にずらりと並べる。
やりたいことは明白にあった。
今日みたくギンが獣化した際に、その暴走を制御できるようななにかを作りたかったのだ。
今のところ、チルチル団子を食べれば、その暴走が止まることは分かっている。
が、エスト島のチルチル草は特殊で、その効能はかなり強い。
一口食べれば、彼の獣化はただ解けるだけでなく、そのまま眠りに落ちてしまう。
ならば、その効能をほどよく抑えた別のなにかを用意できれば、獣化したままでも、自我をコントロールできるようになるのではないかとそう考えた。
実験台は、もちろん自分だ。
最近はリカルドさんの隣で寝るという、刺激的過ぎるイベントのせいで、あまり寝られていなかったから眠くなるならなるで、大歓迎だった。
まず私は、チルチル草の粉を大量の水で溶かして、一口飲んでみる。
すると口の中には、嫌な苦みがじんわり広がっていて、顔が歪む。
「……なんか、本当に薬の味って感じかも」
さすが本土でも魔力暴走の治療に使われているだけのことはある。
正直言って、まずい。
そのうえ、効能はといえば微妙だ。
水を入れすぎたのか、しばらく待っても鎮静効果はない。
こうなったら、と私はもう少しチルチル草の粉を足して、新たな試作品を作る。
一度目がまずかったから、飲むのを少しためらっていたら、
「なにをやってるんだい?」
そこへ思いがけず、背後から声をかけられた
もうみんな寝静まった頃だと思っていたから、私はびくっと跳ねてから後ろを振り返る。
そこにいたのは、灯りを持ったリカルドさんだった。
たぶん、見回りにきていたのだろう。
「えっと……」
つい言葉が出なくなるが、なにも毒薬を作って潜ませるみたいな、やましいことをしていたわけじゃない。
「ちょっと実験をしてたんです。うまく効果を調整すれば、ギンの暴走を抑えられるかも? と思って」
私はならべたハーブ類を彼に見せながら、事情説明をする。
ひととおり話したあと、ふと彼のほうへと視線をやれば、頬をぴくぴくと引きつらせている。
明らかに、引いている顔だ。
「……効果も分からないのに、よく自分で飲めるね」
「え? 毒がないことは分かってますから。それに、大量の水で薄めて使ってますよ?」
「そうだとしてもだよ。普通はなかなか試せないんだよ」
……言われてみれば、そうかもしれない。
【庭いじり】のスキルを手に入れてからは、植物に毒があるかないか程度なら、判別できるようになった。
それ以来、ほぼ躊躇なく、いろんなものを食べたり飲んだり試してきたから、感覚がずれていたのかもしれない。
「それで、ちょうどいい塩梅のものは見つかったのかい?」
「いえ、まだ始めたばかりですよ。苦くて、飲む気がしないんです」
私がチルチル水の入ったグラスを見ながらそう言えば、彼はそれを手に取る。
中身を覗きこんでから私のほうを見た。
「……これは飲んでも問題ないものかい?」
「えっと、たぶん大丈夫です。さっき飲んだものから、そこまで量は増やしてませんから、ちょっと魔力が放出される程度の効果しかないはずですよ」
「そういうことなら」
と、彼はそのグラスに口をつけて、小さく一口含む。
あれ、もしかして今、間接的にキスしたことになるんじゃ……なんて思っていたら、彼は「うん」と一つ首を縦に振った。
「この苦味ならうまくやれば、消せると思うよ」
「え、ほんとですか」
「リンゴのジャムやらと混ぜてジュースみたいにすれば、うまくいくんじゃないかな。やってみてもいいかい?」
「えっと、でも、寝なくていいんですか」
「そこなら心配しなくてもいいよ。最近の夜更かしで、むしろ寝られないんだよ」
そう言うと彼はさっそく、調理に取り掛かる。
その作業する姿を見ながら、私が引っかかったのは、その言葉だ。
私は目を瞑ってこそいたが、緊張してろくに眠れなかったから知っている。
少なくともリカルドさんは、すやすやと眠りについていたはずだ。
もしかして彼も、私と同じように寝ているように見えて、実は起きていたのだろうか。
そしてその理由はもしかして、私といたから――なんて。
そこまで都合よく考え進めてから、私はそこでありえないかと首を横に振った。
「私も手伝います!」
「うん。助かるよ。じゃあ、まずはジャムをとってきてくれるかな」
――こうして私とリカルドさんの、美味しいかつ、効果のあるジュースづくりが始まる。
途中までは、そりゃもう苦戦した。
リカルドさんの腕にかかって、味は当然美味しくなったのだけれど、なかなか効果のあるふうにはならない。
そうしていくつか作り、お腹がちゃぽちゃぽしてきたころ、【開墾】スキルが勝手に発動した。
『全体魔力の約一割程度を放出させる。鎮静効果あり』
なんと実際に効果を体感せずとも、ジュースを見るだけで、その効果が見えるようになったのだ。
いわば、ブレンド能力と言おうか。
「……まったく君とスキルにはいつも驚かされるよ」
「ふふ。でも、今回はリカルドさんのおかげで、できるようになったんですよ!」
そこからは随分と楽になった。私たちはチルチルジュースに、色々なハーブを混ぜてみたりしつつ、試行錯誤を繰り返す。
そうして、一応のものが完成したところで、蓄積されたチルチル草の効果か一気に眠気が襲ってきて、それぞれの部屋へと引き下がったのであった。
こう、なんというか、夜中に2人で……みたいなの好きです!(共感してくださいw)
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