81話 リカルドさんの寝落ち
その後、ウルフヒューマンのギンは、リカルドさんの作った食事を猛スピードで平らげ、ごくごくと水を飲み、そしてすぐに眠りについた。
食後、ほんの数分だ。
私とリカルドさんが片付けのため、少し目を逸らしているうちに、外にもかかわらず地面に転がり大の字で寝ていたのだ。
獣の姿だったのなら、別にどうということはない光景である。
が、人の姿だとどうにもそのままにしておけない。怪我をしていることもあったから、私たちは彼をひとまずリカルドさんの使っていたベッドまで運ぶ。
そのうえで二人、私の使っていたベッドに腰掛けた。
なんというか、めったにない状況だ。
どうしても変に意識してしまう。
机の上に置いた、小さなろうそくの火に照らされるリカルドさんの綺麗な顔を、どくどくと逸る鼓動を感じながら覗きこむ。
「どうしようか」
すると、リカルドさんがこう言うから
「へ、わ、私が床で寝ますよ!?」
私は食い気味にこう返事をするのだけれど、違ったらしい。リカルドさんは薄明りの下で軽く笑って、首を横に振る。
「その話じゃないよ。さっきの彼の話だ。あれが本当なら、この少し上ったところにはウルフヒューマンの集落があることになるよね」
「あ、その話……。えっと、そうですね。と、とりあえず食材を届けてあげるのがいいんでしょうか。飢えに苦しんでいると言いますし、山菜ならかき集められますし、お肉も少しならあります」
「……ウルフヒューマンは、排他的な種だと聞く。そう簡単にはいかないと思うよ。いきなり行けば、戦いになってしまうかもしれない」
「戦い、ですか」
「うん。飢えているなら、なおさらだ。あまり不用意に近づかない方がいい。食べられてしまうかもしれない」
リカルドさんが声を低くしておどろおどろしく言うから、私の頭には嫌な想像がかけめぐる。
ついごくりと唾を飲むのだが、
「なんてね」
まさかの冗談だったらしい。
リカルドさんが軽く笑って言う。
「お、脅かさないでくださいよ」
「悪かったよ。でも、争いが起きる可能性は本当にあるよ。だから、簡単には近づけない」
となると、どうすればいいか。
私は少し頭をひねって、すぐにはっと閃いて、こんな議論が交わされているとも知らず、すやすやと寝息を立てているギンのほうへと目を向ける。
「じゃあ、彼に届けてもらいましょう! それなら、みなさん安心してくれますよ。それに、彼も帰れます」
「うーん、それも難しいだろうね。彼も一度出てきたんだ。たぶん、戻るつもりはないと思うよ。今、集落に戻れなんて言ったら、どこかに行ってしまうだけだ」
「……あー、想像つきます、それ。その展開はできれば避けたいですね。怪我もしてるので、もう少し安静にしてもらわないと。でも、じゃあどうしましょうか」
「とりあえず考えられるのは、食材を彼らの集落の周りに置いておくことくらいだけど……それがいいかどうかまでは分からないな」
そこから私とリカルドさんは、いくつかアイデアを出し合う。
が、どれも決定的なものには至らない。
結局「顔を合わせない状態で、食材を置いていく」という折衷案で、話は落ち着いた。
というか、なかば打ち切られるような形で、そう決まったと言ってもいい。
なぜなら、リカルドさんが寝落ちしてしまったからだ。
だんだん話し声が緩くなってきていたから、彼の顔を見てみれば、もう半分以上、瞼が落ちている。
そもそも、深夜に外の騒ぎで起きだして今だ。
昨日の朝にはふもとにいたことを考えれば、今日は色々ありすぎた。
疲労がたまっているのも無理はない。
だから気を遣って返事をしないでいたら、眠りに落ちた。
「……か、肩……!!」
私の肩に寄りかかるようにして。
その体勢の時点で、刺激は強かった。寝息は耳元をこそばゆくさせるし、その温かさは、問答無用でこちらに伝わってくる。
それに、彼の長めの髪がまた色気を醸し出してくるのだ。
えもいえない、いい香りを漂わせていた。今日などはお互い石鹸も使えないまま、湯を浴びただけなのに、これだ。
私は動揺しつつも、ふぅと一つ深呼吸をする。それから彼の両肩をしっかりと抱えて、ゆっくりとベッドに横たえる。
そしてそのうえで、床に降りようと思うのだが、そこで魔がさした。
リカルドさんは足を床に投げ出す格好で、横向きに寝ている。
これなら、彼の隣で同じ体勢で寝る分には問題ないかもしれない。
変に腰を痛める心配もなくなる。
そう考えた私は、リカルドさんとは少し距離を開けて、ベッドに横向きに倒れ込む。
そうすると、すぐに眠気が襲ってきた。
どうやら、私も結構疲れていたらしい。
まぁそもそも、騒ぎで外に出る前もろくに寝られてなかったしね。
――そうして迎えた翌朝。
私は、驚愕することになる。
理由は簡単、自分がとんでも寝相であることを忘れていたせいだ。
「ま、マーガレット君」
と、リカルドさんの優しい声がして、はっと目を覚ましてみたら、私はいつの間にかベッドの上に這い上がっており、しかも身体を丸めて、リカルドさんの腕に絡みついていたのだ。
数回瞬きをしたのち、私は勢いよく起き上がり、そしてリカルドさんに頭を下げる。
そのとき見てみれば、彼の腕のあたりが少し濡れている。
……うん、たぶん私のよだれだ。
「すいません、すいません、本当にすいません……!!!」
一気に目が覚めていた。
私はベッドの上で正座の体勢、リカルドさんに何度も謝る。
「はは、気にしないでいいよ」
彼はそれに対し、少し目を逸らしながらこう言う。
その頬は、ほんのりと赤らんでいた。