78話 深夜の攻防戦はアイデア勝負!
蜂の群れと、その中でもがくボロ布を纏った犬のような獣――。
まったく訳の分からない光景に私たちが戸惑っていられたのは、ほんの一瞬のことであった。
「ガルルルルッ!」
腹の底を震わせるような、けたたましい叫び声とともに、その獣がこちらへと跳びかかってきたのだ。
私がおもわず一歩後ずさりしていると、リカルドさんが私の前へと入る。
剣を抜いたところ、牙をむき出しにしたその獣は、刃にかみついた。
「マーガレット君、君は下がってるんだ」
ハチに刺されたことで興奮しているのかもしれない。
リカルドさんが思いっきり剣を振り払ったことで、一度は地面へと飛ばされるのだけれど、すぐに起き上がり、身体を低く沈めて唸り声をあげる。
銀色の毛に、黒のストライプの生えた獣は、本土では見たことがない種だ。
魔物か野生動物かどうかすら、判別がつかない。
なぜか布切れを体に纏っているのも謎だ。
そして悪いことには、二種いる魔蜂のうち身体が大きく、より狂暴に映る種類のほうが、リカルドさんに敵意を向けるようになっていた。
たぶん獣にたかっていた蜂を刺激してしまったのだろう。
「うーん困ったな。下手に踏み入れなければよかったよ」と、リカルドさんは剣を構えながら言う。
こうなったら、彼一人に任せておくわけにはいかない。
「リカルドさん、一つずつ行きましょう!」
「というと?」
「さっきみたいに、もう一回その獣の口を大きく開けさせてください!」
「あぁ、なるほど。うん、任せてくれよ」
もう、意図は伝わったらしかった。
その獣が再び跳びかかってきたところで、リカルドさんは剣を横に向けて、手首を立てる。
そこへ、その獣ががじりとしっかり噛みついたところが狙い目だった。
私はリカルドさんが作ってくれた隙間めがけて、持参してきていたチルチル草で作ったハーブ団子をひょいっと放り投げる。
そしてそれを、さらに水魔法を使い、喉奥へと流し込んだ。
すると、少しして、その獣はリカルドさんの剣から滑るようにして地面へと落ちる。
そして、その場でくるりと長い尾を丸めた。
効果てきめんだ。あのミノトーロ達に効いたのだから、もしくは。それくらいの気持ちだったのだが、予想以上の効果である。
……やはりこの団子、恐ろしい。
「ふう、ほんとさすがだよ。助かった。あとは蜂たちを焼くだけで済むね」
「えっと、それなんですけど、リカルドさん」
「どうかしたかい?」
「たぶん、この魔蜂の小さい方は魔ミツバチです。もう片方は知りませんけど、でも、少なくともうまく使えば、はちみつが手に入るかもですよ」
この小さな魔蜂のほうは、実家の近くでも見かけたことがある。
なかなか上質なはちみつをとることができて、地元では一種の名産ともされていたっけ。
手に入るのなら、逃がしたくない。
「はちみつか。それはたしかに、ここじゃ滅多に手に入らない代物だ。俺もできるなら欲しいところだね。でも、どうすればいいんだい?」
「それなら、大丈夫ですよ! 耳を塞いでてください!」
私はそう言いながら、少し先まで走っていく。
そこで今度は小瓶に詰めていた乾燥させた干し草を地面に撒いた。
躊躇いたくなる気持ちもあったが、この非常事態だ。
私は覚悟を決めて、耳を覆ってからそれを思いっきり踏んづける。
すると足元から、パンッ! と、いくつもの破裂音が連鎖的に響き渡った。
そう、辺りに撒いたのは、いつか摘んでおいたラプラプ草だ。
その大きな音に反応して、魔ミツバチではない、大きな魔蜂のほうが音の方へと集団で近寄ってくる。
「リカルドさん!! 今です!!」
私の呼びかけに、リカルドさんはまだ戸惑いながらも、剣に火を纏わせて、大きな円を描くことで、火球を作り出すと、蜂たちを一気に燃やし尽くす。
どうやら熱さには結構弱いらしい。
身体に火を灯したまま、どんどんと下に落ちていくから、あたりに延焼しないように、スキルを発動して水を撒き、きっちりと消火する。
今度こそ、ひと段落が着いたと言っていい。私はほっと息を吐く。
「まったく、いつも君の作戦は突飛だな」
「あはは、すいません。でも、ありがとうございます、リカルドさん。色々と理解してくれて、助かりました」
「まぁもう結構な回数、一緒に戦ったからね。まさかラプラプ草まで持ち歩いてるなんて思わなかったけど」
「ただの思い付きです。このポーション瓶があったら、ラプラプ草を持ち歩けるかもって思ったんです。使えてよかったです!」
まさか、こんな用途で使うことになるとは思ってもみなかったが、こうして色んなものを持ち歩くのも悪くないのかもしれない。
「ちなみに、今日摘んだミントも詰めてますよ」
と、私はリカルドさんに小瓶を見せる。
が、そのときだ。
飛び込んできた光景に、私は目を疑った。
「はは、立派な収集家だね」
リカルドさんがこう返事をしてくれるのだが、それが耳の右から左へと抜けていく。
何度か目をこすってみるが、どうも間違いない。
「り、リカルドさん! う、後ろ!!」
「後ろ?」
彼は私の慌てように目を見開いてから、何の気なしに顔だけを後ろへと向ける。
そして、そのままフリーズしてしまった。
無理もない。
なぜなら、そこにはさっきまで横たわっていたはずの獣の姿はない。
一人の青年がボロ布を纏った状態で、傷だらけで丸まっていたのだ。
ただし、耳と尻尾付きの。