76話 即席野外ごはんも一級品?
リカルドさんと二人での、中間地点への宿泊が唐突に決まって。
屋敷へと戻るマウロさんを見送ったあと、私たちはすぐに草むしり作業へと戻った。
はじめこそ、このあとのことを考えて、どぎまぎとしていたが、いざ草むしりに入るとだんだん心も落ち着いてくる。
『・ナイア木……比較的高所に点在する広葉樹。その実は酸味が強いが、魔力の自然回復量を速めることができる。
・ベタベタ草……トゲのある葉が円形に生えるのが特徴的な植物。その葉から絞った液体は粘性があり、乾くと固まる。
・バネバネ草……その草は、上から強い力を加えることで勢いよく跳ね返る性質がある』
途中、ヨモギやハコベといった食べられる野草、さらにはハーブ類、木の実なんかを見つけたときには、喜びからいつものペースを取り戻すことに成功して、すっかり緊張感も消えていた。
日が落ちて辺りが暗くなってきた頃、私たちは作業を切り上げる。
かわりに小屋の前に焚き木の用意をして、マウロさんが作ってくれていた小さな木の椅子に二人で並んで座った。
そのうえで始めるのは、いわば野外調理だ。
「今日はこれを使うよ」
と、リカルドさんが見せてくれるのは、彼が持ってきていたポーション瓶だ。
その中には、調理済みに見えるお肉がぎゅっと詰められていた。見たところ、ローストビーフだろうか。
「こんな形で液体以外が入ってるの、初めて見ました」
「まぁそうだろうね。でも、瓶詰にしたら料理は長持ちするんだよ。それに、鍋を介して、このまま温め直すこともできる」
「……便利ですね、ほんと」
「うん、いい買い物をしたね僕たち」
リカルドさんは、万が一遭難したときを考慮して、簡易的な調理具を持ってきていたらしい。
手鍋に水を注ぎ、瓶を温める。
その一方で、私が見つけた野草も彼にかかれば、簡単に一品料理に化ける。
茹でてあく抜きをしたうえで、スキレットで塩とともに焼けば、付け合わせには最適な副菜がいともあっさり出来上がっていた。
この時点で、即席の食事としては十分すぎる。
もう完成かと思ったが、しかし――リカルドさんは私の予想の上をいった。
温め直したローストビーフと野草を、日持ちの効く固めのパンで挟み、簡単に食べられる手持ちサンドを作って見せたのだ。
「ほら、どうぞ。外側を持って食べたら熱くないよ。……って、どうしたんだい、固まって。お腹、空いてないのかい?」
「……いえ。むしろ腹ペコです。現在進行形で、腹ペコにさせられてます。ちょっと、圧倒されてました」
急に決まったお泊りで、限定的な食材から、こんなにおしゃれで美味しそうな食事ができるなんて思いもよらない。
私が驚いていたら、なぜか、リカルドさんがハンカチを差し出してくる。
そのうえで、反対である左手で、とんとんと唇を叩いた。
それで焦って私はハンカチを受け取り、口元をぬぐった。
あまりにも美味しそうで、よだれが出かけていたらしい。
「お、お恥ずかしいところを……」
「いいんだよ。気にしないで。それより、いただこうか」
「はい!」
二人、即席ローストビーフサンドにかじりつく。
問答無用の美味しさであった。
肉のがつんとしたボリューミーさも感じられるし、ちゃんと野草も入っているから、油っぽさもなく、むしろ後味はさっぱりと感じられる。
「んー……!! うまいです、さすがです、リカルドさん!」
「それはよかった。たしかに、なかなかいけるね。まぁこの状況っていうのも、美味しさをプラスしてる気がするけど」
リカルドさんは、私の目を見つめながらそう言う。
それってどういう意味だろう。もしかして私と二人だから――かと思ったら、彼は空を見上げている。
つられて見上げてみれば、そこに広がるのはいっぱいの星空だ。
いつか彼がこのエスト島に残ることを決めてくれた日も、こんな星空を見たっけ。
何回見ても、輝きに溢れている。
屋敷よりもさらに標高が高いところにいるからか、より細かい星まで見える気がした。
星が夜空に川を作って流れているみたいで、圧倒される迫力がある。
なにせこのあたりは高い木がないため、邪魔するものは何もない。
「あの日みたいだね、今日は」
リカルドさんも同じことを思い出してくれていたらしい。
「今日もあの夜と同じくらい、いい夜だ」
「ですね。バイオリンが聞けたらもっとよかったんですけど」
「はは、あいにく今日はないよ。でも、たまには静かに過ごすのもいいんじゃないかな。虫の鳴き声も粋に感じられるだろ?」
たしかに、どこからかは分からないがなにやら音が聞こえてくる。
私は目を閉じて、それに集中する。すると、リー、とかジーとか、色々な鳴き声が聞こえてきた。
もっと他にもいるかもしれない、と目を瞑ったまま音に耳を澄ませていると、
「わっ……!? なんだ、この大きな虫……!」
いつのまにかリカルドさんが、大きな羽虫に襲い掛かられていた。
彼はベンチから立ち上がり、虫から逃げ惑うが完全に狙いを定められている。
私はとりあえず水魔法を使って、焚き木にちょろっと水を垂らす。
すると、もくもく煙が立って、それで虫はリカルドさんの元から去っていった。
「あの手の虫を追い払うには、これが一番ですよ」
「……ありがとう。さすがだな」
やっとベンチに戻ってきて、彼はふうと一つ息を吐く。
「なんだか格好悪いな。虫の鳴き声がどうとか言ったあとに、このざまだ」
それから私のほうを見て、歯を見せて笑った。
「仕方ないですよ。あんな大きな虫、山奥じゃないと出ませんもんね。私の実家では、よく見たサイズですけど」
「はは、僕の家では見なかったな」
「リカルドさんはどのあたりに暮らしていたんです?」
「王都だよ。父が、王城の官僚だったからね。でも、早くに亡くなって、叔父のもとに預けられて一度は地方に行ったんだけど、また戻った。バイオリンで生きていきたかったからね」
ここに来た経緯こそ聞いていたが、その前の話は今初めて聞いた。
なかなか波瀾万丈だ。そして話をしてくれるリカルドさんの表情が苦々しいから、いい思い出ではないのだろう。
そう思っていたら、リカルドさんの表情に明るさが戻った。
「まぁ今はエスト島にいるんだ。人生、なにがあるか分からないものだね。僕も君も」
たしかに私だって一年前にはここにいるとは思いもしなかった。
だけどリカルドさんの人生は、私のそれなりに平凡だった人生と一緒にしてはいけない気がする。
「マーガレットくん?」
「あ、えっと……」
私は彼の過去を思い、少し言葉に詰まる。
だが勝手にその気持ちを押し測っていても、しょうがない。
気になっても、根掘り葉掘り聞くような真似はしたくなかった。
「そろそろ続きを食べましょうか。冷めちゃったらもったいないですし!」
「あぁ、そうだったね。ごめん、中断させちゃったよ」
「いえ、ゆっくり食べられるのも嬉しいですから」
引き続きよろしくお願いします!